5Gの覇者を目指すクアルコム

09.12.2018

Credit: Qualcom

 

 5G認可を巡ってFCCが安全性の根拠開示を求められている中で、2019年度前半から5G商用通信を予定している通信大手企業ベライゾンはAT&Tとスナップドラゴン・テクノロジー・サミットにおいて、クアルコムのX50モデムを搭載したサムスンのプロトタイプ端末を使って5Gネットワークの運用を実演した。しかし5Gの覇者を狙うクアルコムの思惑はスマートフォン市場のほかにある。

 

 サムスン、エリクソンなどの機器メーカーも出席したスナップドラゴン・テクノロジー・サミットでは、同社の5Gテクノロジーを使ったモバイルホットスポットも紹介され、2019年の本格展開の準備が進んでいることを印象づけた。英国のBTグループとオーストラリアの通信大手が来年から5G端末の発売を発表し、北米、ヨーロッパ、日本、韓国、オーストラリア、中国でも、5Gネットワークの立ち上げが予想されており、2019年は5Gが世界的に展開を開始する年となる。

 

5Gにかけるクアルコム

 スマートフォン市場がすでに翳りのみえている中で、クアルコムは、5Gネットワークと自社の高性能CPU(最新型はスナップドラゴン855)(注1)を組み合わせて通信市場の覇権を握ろうと必死である。数Gbpsの高速通信が数msec程度の遅延で可能になる5Gの社会へのインパクトは、単にスマートフォンの高速化だけではない。

 

(注1)iPhoneは自社設計で台湾のTSMC社が製造するA12バイオニックを搭載している。アップルは、スナップドラゴン855はA12より1年遅れていると主張している。

 

 自動運転車と基地局あるいは車同士の通信、IoTで、4Gまでとは桁違いの高速通信網の経済効果が極めて大きいためである。5Gネットワークの整備は米国だけで300万人の雇用と5000億ドルの経済効果を生み出すといわれる。クアルコムが5Gにこだわるのは飽和しかけたスマートフォンではなくここにある。外出先での端末で、高画質ビデオストリーミングを楽しめるようになるなどはどうでも良いほど、IoTは大きな変革なのである。

 

 アンドロイド端末のCPUで実に70%シェアを有するクアルコムは、2019年は18社の端末メーカーが5Gデバイスで同社のCPUチップを使用することに決めている一方で、インテルは、2019年の後半に向けて5Gチップを用意する予定だが、採用端末メーカーを発表していない。 

 

5Gの影響でCPUチップも競争激化

 クアルコムは、4Gの延長帯域(サブ6ギガヘルツ)を使用するだけでなく、5Gの専用帯域(ミリ波)(注2)にも適合する技術を持つ。

 

(注2)自動運転にも使われるミリ波は、直進性が強く周波数の干渉や到達範囲が狭いなど技術的に困難な課題がある。そのため基地局出力を上げたり複数のアンテナ素子を使ったビームを携帯端末に向ける必要が生じる。クアルコムはミリ波のビーム送受信アンテナモジュール技術を開発しており、4G端末で制限が厳しいパケット制限をなくし、無制限のビデオストリーミングを可能にする。

 

 クアルコムは、5G技術に加えて、最新のスマートフォン向けにスナップドラゴン855と呼ばれる新しいCPUの供給体制を整えている。5G端末の処理速度が通信速度に対応すれば、人工知能、カメラ、モバイルゲームのアプリ能力が強化される。

 

 中国のファーウエイにCPUを独占供給するハイシリコン(注3)はクアルコムのスナップドラゴンに対抗して、最新型のキリン980を発表した。次世代スマートフォン市場は5Gネットワーク技術とそれを支える高性能CPUチップの結合に強く依存するため、米国内のクアルコムにインテル、ハイシリコンなど中国勢の覇権争いが激化している。

 

(注3)ファーウエイの技術開発部門から独立して、クアルコム同等の高性能CPUをファーウエイに供給することで、ファーウエイの競争力に寄与している。クアルコムの中国展開以降の技術流入が背景にあるため、トランプ政権は技術流出とみなしている。 

 

5Gに問われる安全性

 こうしてみると5Gでスマートフォン市場が活性化し、IoT、AI、自動運転を含めた「ユビキタス」社会への夢が膨らむかにみえる。しかし実はそう簡単な話ではない。5G帯のミリ波は自動運転のレーダーにすでに使用されているように、直進性が強い。そのため多数の端末を対象にしようとすれば、基地局出力を上げたり複数のアンテナ素子を使ったビームを携帯端末に向ける必要が生じる。その結果、人体の置かれる電界強度が高くなる効果が検証されていない。

 

Credit: shieldyourbody  

 

 5Gは上図に示すように4Gの延長帯域であるサブ6ギガヘルツ以外に、5Gの専用帯域(ミリ波)を持つ。ちなみにサブ6GHzでも工業規格の電子レンジ帯域2.45GHzより高周波である。米国ではFCCが5G認可して一部の都市では商用化試験が行われており、通信大手のベライゾンが2019年前半から本格的なサービスを展開する。

 

 しかし今年になって認可の根拠となった安全性の検証結果の公開が要求された。時すでに遅しの感があるものの、コネチカット上院議員、リチャード・ブルーメンサル氏は米国内の5G認可を巡って、連邦通信委員会(FCC)に5Gの(人体に対する)安全性の根拠となる証拠の提出を求め、国立科学技術政策研究所(NISLAPP)もこの提案を支持している。

 

 米国で高まっているFCCへの5G安全性の検証要求は、今後さらに強まるとみられる。新しいテクノロジー導入は安全性が受益者の利便性の代償となる危険性をはらんでいる。4Gまでは、「なし崩し的」に業界主導で進んできたネットワークの帯域シフトだが、5G展開を目前にして根幹に潜む「健康被害」の壁が立ちはだかる可能性がでてきた。

 

 原子力が環境問題で先進国では衰退産業になったことを考えれば、先端を行くはずの5Gネットワークが「叶わぬ夢」となることも十分考えられる。5Gネットワークでパケットが高速になれば、通信料金体系を変えない限り情報量に対して支払う料金が増えて、利益を得るのは通信会社とクアルコムだという構図になる。5Gネットワークが来年登場しても、消費者がこのことに気づくのにそうは時間がかからないだろう。

 

Updated 11.12.2018 16:00

 5G市場で覇権を狙うのはクアルコムだけではない。CPUチップ同様に通信大手各社はネットワークの要となる基地局の5G対応にしのぎをけずるが、それは5G技術は簡単なサーバーや基地局の増設などという簡単な話ではなく、サブ6GHz以上の帯域の経験を持つ社内の人員配置と新規技術者雇用がさけられないからである。

 

 そのため新CEOのもとで5G商用化に先陣を切る大幅なリストラと新規雇用並行して行っている。新CEOのもとでベライゾンは、①コンシューマー、②ビジネス、③メディア、④グローバルネットワーク&テクノロジーの4つのグループに整理した。

 

 ベライゾンは、再編を経て、新しい5G時代に会社組織を最適化しようとしている一方で、AT&Tと(T-モバイルと統合が予定されている)スプリントは、2019年に5G電話を導入する予定で、AT&Tは今年末までに一部の都市で5Gを開始する。

 

 一方、152,300人の従業員を抱えるベライゾンは企業買収で新たに10,400人の従業員を受け入れる。先月に発表されたリストラと新規採用で5G技術を展開できる体制を整え、2019年の上半期に5G電話をリリースするとしているが、それには基地局整備にイーロンマスクのいう「地獄の苦しみ」になる。

 

Updated 10.12.2018 17:00

共同通信によれば、日本の携帯大手3社が中国製通信機器(ファーウエイ、ZTE)の使用ができなくなった。これによってクアルコムの5G市場での優位性は確実になったといえる。

 

Updated 09.12.2018 21:40

本稿では5Gのインンパクトと先導するクアルコムの最新情報に焦点をあてた関係で、米国がカナダで拘束したファーウエイのCFO関連についてはふれていないが、ファーウエイはZTEと異なり、クアルコム同等の性能をもつCPUを垂直統合で調達できる。クアルコムへの依存がない点で米国の脅威となる存在である。ファーウエイのアンドロイド端末のコストパフォーマンスは群を抜いており、中国の製造2025を支える企業群の一角である。5Gを巡ってクアルコム、ハイシリコンに絞られれば米中の覇権争いは激化すると考えられる。

 

Updated 10.12.2018 08:30

5Gを巡る覇権争いはいよいよ激化してきた。英国では先に米国の圧力でクアルコムのスナップドラゴン供給停止で、破綻寸前に追い込まれたZTEと同じ手は使えないファーウエイをどう封じ込めるのかに話は絞られてきた。ファーウエイの販売禁止を画策する米国の圧力にどう対抗するのか、2019年は5Gを巡る覇権争いが正念場になるだろう。

 

5Gの行き着く先がスマートフォンの高速化ではない。IoTは便利な反面、あらゆるモノが監視下に置かれること、でもある。中国政府の息のかかった5Gネットワークを好んで使いたい人はいないだろう。5Gの覇権を取るのが例によって米国企業になったとしても自由と秤に比べられるモノではない、ということになれば覇権争いの結末は予想できるのではないだろうか。

 

 

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