ルーブル美術館で展示が見送られたサルバトール・ムンディ

03.11.2019

 イタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの没後500年を記念して、パリのルーブル美術館でダ・ヴィンチの記念展が10月24日から始まった。ダ・ヴィンチの最後の作品で、世界で最も高価な絵画とされるサルバトール・ムンディの展示が話題となっていたが、その展示は実現されなかった。

 「最後の救世主」という意味の絵画サルバトール・ムンディは、左手に水晶玉を持ち、右手で祝福を与えているイエス・キリストを描いた作品である。1500年頃にダ・ヴィンチがフランスのルイ12世のために描いたもので、本当にダ・ヴィンチが描いたものかを巡り長年美術専門家の間で議論の的となっている絵画である。

 ルイ12世の死後、1625年にフランスのヘンリエッタ・マリアがイギリスのチャールス1世と結婚した際にフランス王室からイギリスに持ち込み、イギリス王室の所有となった。その後チャールス1世が処刑され、王室が抱える債務を返済する目的で絵画が売られた。それから200年近く所有者や行方がわからなくなった。

 1958年に突然ロンドンにある競売業者のクリスティーズでサルバトール・ムンディが競売にかけられた。商人で絵画収集家のクック卿の個人コレクションが死後処分された遺品のなかの一点に含まれていたことから、所有者がクック卿であることが判明した。45ポンドで米ルイジアナ州ニューオーリンズから来た小さな家具店を経営する夫をもつ一般人の女性が購入、サルバトール・ムンディはアメリカに渡った。

 個人の所有からニューオーリンズの画廊に渡り、その後また個人のコレクションとなる。この間、画家が特定できないレネサンス時代の絵画として扱われた。2008年にルーブル美術館に持ち込まれ、サルバトール・ムンディがレオナルド・ダ・ヴィンチの作品であることが初めて認定された。

 2011年にロンドンのナショナルギャラリーで初めてダ・ヴィンチの作品として展示され一般に公開されたが、美術専門家の間ではサルバトール・ムンディが本物であるかの議論は続いた。ダ・ヴィンチの弟子が描いたもの、弟子が中心に描き最後にダ・ヴィンチが手を加えたのではないかが議論の中心となった。

 その後、サルバトール・ムンディは再び行方がわからなくなった。2013年にクリスティーズを通じてロシアの億万長者のDimtry Rybolovlevが、個人コレクションとして1億2750万ドルで購入した。Rybolovlevが2017年に手放したことで、再びクリスティーズで競売に掛けられた。今度はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が絵画として史上最も高額の4億5000万ドルで購入、サルバトール・ムンディはサウジアラビアに渡った。イスラム教のサウジアラビア王族がキリストを描く絵画を購入するとは、何とも不思議なことである。

 ルーブル美術館は今回の展示会の注目作品としてサルバトール・ムンディの貸し出しを巡り、所有者のサルマン皇太子と交渉を行ってきたが、合意が得られず、展示がない状況でダ・ヴィンチの記念展が開始された。

 サルバトール・ムンディはフランス王、イギリス王、一般のアメリカ人、イギリスの貴族、ロシアの億万長者、サウジアラビア王族へと所有が代わっている。一枚の絵画、サルバトール・ムンディはキリストを描く名画というだけでなく、500年の変わりゆく歴史を秘めた名画でもある。

 最後に、なぜ人は名画を欲しがるのかについて、次のような西洋の言葉がある。

  「名画を近くで鑑賞することで、これまでの個人の罪を清め落とす。」
確かに名画には人の心を動かす大きな力を秘めていると感じる人は多いのではないだろうか。