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VWグループが排ガスのテストで不正を行ったとして米環境保護局(Environmental Protection Agency、EPA)(http://www.epa.gov/)は、同グループに482,000台のリコールを命じた。EPAの排ガス試験は厳しい(注1)
(注1)米国内の排ガス規制はEPAの連邦規制と州ごとに異なる州当局のものがあるが、中でもカリフォルニア州のCalifornia Air Resources Board, CARBは基準が厳しい。ロサンゼルスのスモッグは昔から有名だが車の台数と盆地の地形の相乗効果でカリフォルニア州の大気汚染は悪化しているためだ。
ガソリン車、デイーゼル車ともEPA排ガス試験はそのカリフォルニアの試験場で行われる。公道走行を模したプログラムに従って排気ガスを採取して成分を分析するものであるが、エンジンの状態がコールドスタートであることや運転条件が過酷であることから、一般的に良い試験結果がだせない。今回のVW車の対象はデイーゼル車。石原都知事がかつてビンにいれた黒鉛のビンをみせた会見は記憶に新しい。排気ガスに含まれる黒鉛とNOxが問題となる。
EPAの公式発表によればVWグループの不正は手が込んでいる。最近の車はエンジン制御を電子回路(Engine Control Unit, ECU)が行っておりその制御ソフトウエアが馬力、トルクなどのエンジン性能と裏腹の関係にある燃費や排気ガスを制御している。両者は相反するためこれらの妥協点を探って、基準値をクリアする膨大なソフトウエアとなる。ECUはメーカーによって異なるが多くの場合、ダッシュボード下部にある(下図)。
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一部のユーザーは燃費を犠牲にして馬力やトルクを上げるためにこのソフト(ROM)をチューニングショップで書き換える(注2)。しかし今回はメーカーがそれをやったというのだ。制御ソフトウエアにEPA試験のモードを認識して排ガス成分が少なくなるように細工されていた。具体的には希薄な燃焼で燃焼効率を上げれば有害排出物質を抑えることができるがそのかわりエンジン性能(馬力とトルク)が犠牲になる。
(注2)ROM書き換えは2種類ある。制御パラメータを収めたデータ部分の書き換えと制御ソフトであるシステムである。車の改造を受け付けるガレージでは通常はデータの書き換えを(車検には通らないことを前提に)行うが、システムは膨大なため、通常はソースを製作したメーカー以外は手を出せない。
エンジン性能は回転数に対する馬力・トルク曲線の測定装置で評価しながら、データを書き換えて試行錯誤的に行うが、そこでは燃費や排ガス規制は無関係である。VW社はその逆のこと、すなわちエンジン性能を犠牲にして排ガス値を良くするようにシステムを書き換えていたのである。実際には車の電子制御はECUを含む車載コンピューター、Main Control Unit, MCU(下図)で行われそのソースは3,000万行に及ぶ。
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VW社は48万台にのぼるリコールでシステムをもとに戻す作業を行うが、日本でも過去にECU制御ソフトの不具合で三菱が20万台のリコール、日産が12万3000台のノートをリコールした。今回の不正ソフトウエアは700万以上に及ぶソースコードの解析をウエストバージニア大学の複数の研究者によってみつけられたが、通常の走行時にはEPA規制をクリアしない状態に戻るため、ユーザーが特に馬力不足を体感することはない。
もっとも問題となるのはNOxが多いと地表のNO2濃度を増大させることと黒鉛微粒子の排出。どちらも呼吸器系の疾患につながるが、特に幼児への深刻な影響が懸念される。VWグループは11月にも訴訟を受ける可能性が高い。ライバルのメルセデスベンツが有害廃棄物を尿素噴射で分解し触媒で窒素に還元するブルーテックデイーゼルエンジンを開発している。これに対抗するためと販売台数を伸ばして販売台数世界一へのこだわりがあったことは想像に難くない。
一方、他のメーカーの不正疑惑も跡を絶たない。EPAと米司法省は韓国の現代自動車と起亜自動車が燃費データの誇大表示を行った問題で、制裁金1億ドルを払うことでこれらの企業と合意した。現代自動車のコメントは1/2に相当する制裁金を認め、公式にカタログのガロン当り燃費1-2マイル減らすという。また同社はユーザーに走行距離に対応して、差額を弁償するという。突然暴走する車や雨漏りする車よりマシかもしれないし、それ以上に危険な車を販売するメーカーもある今日、VWの不正は氷山の一角である。今回の不正の背景にあるのは日本同様に誠実なドイツメーカーをも巻き込んでしまう過度の競争は競争による恩恵と表裏一体で不正をさせてしまうことにある。信用を失うにはたったほとつの不誠実な行動で充分である。
現代自動車もまたVW車も日本車のセールスポイントである燃費と排ガス性能で追いつき、販売を伸ばそうとした。特にVW社はトヨタと販売台数世界一の座を争う中で、「何をやってもよい」という現代自動車ばりの悪質な行為に及んだ。この背景は巨大企業の影の部分がみえる。巨大企業が安全規制をクリアするために何をしているのか、カタログ値を疑ってかかる必要がありそうだ。