アレバにみる落日の原子炉ビジネス

July 24, 2015

Photo: The Wall Street Journal


フランスの原子力政策

 フランスは77%(注1)もの電力を原子力に頼っている。原子力への依存は1973年のオイルショック以来、自国での発電能力を高め余剰な電力を近隣諸国に販売する国策をいよいよ転換する兆しがみえてきた。


(注1)オランド大統領の公約では75%となっている。


 フランスはキューリー夫人に始まる放射線科学の輝かしい歴史と、原子力の基礎となる電子産業、放射線計測機器などインフラが整い国民の理解と賛同を背景に国策として原子力産業に取り組んできた。例えばグルノーブルは加速器科学の中心で欧州放射光施設ESRFや原子炉があり国際的な基礎科学の中心でもある。

 


AREVAという組織

 原子炉ビジネス最大手で知られるAREVA1980年代国内の原子炉製造を行ってきたフラマトムと核燃料製造の別会社がシーメンスの原子力部門を買収しい複合企業AREVAが誕生した。政府の強力な支援で後進国の原子炉建設核汚染処理に圧倒的な存在感を示してきた。


 しかしそのAREVAがここに来て経営不振に陥っている。201481日に上半期決算が6.94EUの赤字に転落した。AREVA売り上げも前年度比で12.4%減となった。経営陣は再建を探ることになったが、20155月に最終手段に頼らざるを得ない結果になった。採算性の悪い原子炉事業の売却である。


 この決断はAREVAの株式の99%をフランス政府が持つ関係でフランス電力EDFによるもので、オプションとしてEDFAREVAの原子炉部門を完全買収するか、原子力関連技術者1200人をEDFが雇用するか、である。いずれにしても原子炉ビジネスの最大大手AREVAの経営不振は原子炉ビジネスそのものに影を落とすことになった。


Photo: reNEWS.biz

 

 筆者は関連する企業がAREVAに買収された関係で、AREVAクリスマスカードをもらっているが、昨年のカードに驚いた。原子力でなく再生可能エネルギー(風力発電)で環境に優しい電力を供給するイメージを持たせるものだったからだ。実際、20141月にはスペインの風力発電事業大手のメガサが風力発電の合弁企業を設立した。

 


オランドの決断

 AREVAの不振ばかりでなくフランスの原子力政策にも暗い影が落ちた。オランド政権が2012年の大統領選挙で原子力依存度を75%から50%に引き下げる公約で当選したからだ。当然原子力継続(注1)を主張するEDFと整合性を巡り争いが生じた。ちなみにEDFは発電量640TWh、売り上げ663億EUで欧州の22%を発電する巨大企業。株式の85%はフランス政府が持つ。

 

(注1)原子炉を急にやめられない理由は廃炉に時間と労力がかかり廃棄コストと電力販売損失の二重の足かせとなる。さらに核燃料廃棄は数万年スケールで存続させなければ環境汚染で補償費がこれに加わる。原子炉事業は麻薬のように一度始めたらやめたくてもやめられないのが実情なのである。

 

 

Photo: Mail Online

 

 このほどEDF最高経営責任者のプログリオ氏が更迭された。オランド大統領は手始めに老朽原発中心に20基以上の廃炉する案をつくったが、同氏が強くこれに反対したからである。AREVAにとってはもうひとつの時限爆弾がある。それは2005年からAREVA社が威信をかけて建設中の最新型欧州原子炉EPRの総工費が3倍に膨れ上がると同時に、最近になって加圧容器の材質に欠陥があることがわかり、対策が膨大な費用追加を必要としているからだ。

 

 

オランド公約の立法化

 2015722日、フランス議会下院は2025年までに原発依存度を75%から50%に下げるオランド大統領の公約を中心とする原発削減のためのエネルギー移行法案を可決した。これだけをみれば脱原発とみてとれるが、再生可能エネルギーで原発を肩代わりするためには、再生可能エネルギーの整備に3年間で10万人の雇用を目指すことも含まれる。(IMF統計では2015年度のフランスの失業率は10%で、スペインの半分とはいえ先進国では高い数値である。若い労働者の失業者対策の側面もエネルギー政策の一環なのである。)

 


Photo: Capital

 

利益にならないビジネス

 世界の原子炉メーカーは5つしかない。そのうち3つに日本のメーカーが関与している。東芝=ウエスチングハウス、日立=GE、三菱重工=アレバ、韓国のDoosan、ロシアのロスアトムである。後進国の原子炉入札はこの5者間で争われる。正当な入札で勝ち目のないメーカーは「50年間保守無償」など捨て身のセールスの構えだが、安全性を担保しようとしたら安い買い物になるはずはない。


 システムの複雑化で工期と工費は増大する一方だが、一方では韓国ロシアが低コストで追い上げる。過当競争に入った多くの電子産業のように、売れれれば売れるほど収益が悪化するビジネスなのだが、短期的にはウラン購入すれば長期にわたり温室ガスを排出しない発電が可能な点が誇張され、生長期の新興国が飛びつかざるを得ない。


 しかし核燃料中間貯蔵、再処理、原子力技術者の養成、保守体制の確立、規制委員会の立ち上げなど極めて多くのインフラに備える覚悟がなければならない。

 

 これまで上記の5社を日米、韓国、フランス、ロシアが支えトップ商談に力を入れてきたが、AREVAの落日とフランスの原子力政策の転向がこれらのグループに及ぼす影響は大きい。特に東芝のウエスチングハウス買収をめぐっては、粉飾決算の責任問題と並んで真価が厳しく問われることは間違いない。始めたらやめられない原子炉ビジネスの全体像が見え始めた。

 

 先進国にとっては「終焉の始まり」なのかもしれないが、電力不足の開発途上国にとっては始めたらやめられないという「不幸の始まり」である。