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ドイツが2038年までにドイツの電力の40%近くを供給している石炭火力発電全廃、英国も2025年までに石炭燃料を完全に廃止予定である。世界中に広がる脱石炭火力の動きの背景には脱炭素以外の要因があることがわかった。ETHチューリッヒの研究で、石炭火力発電所は炭素排出以上に、有害物質を大気中に拡散するホットスポットとなっている実態が明らかになった(Oberschelp et al., Nature Sustainability 2, 113, 2019)。
石炭火力発電所はCO2だけでなく、粒子状物質、SO2、NOx、水銀も放出され、世界中の多くの人々の健康を害している。研究チームは最も緊急に対処が必要なホットスポットを推定するために、世界の7,861の石炭火力発電所を対象に大気汚染をモデル化して石炭火力による健康被害の実態を可視化した。
健康被害のホットスポットはインドと中国
中国とアメリカが石炭発電の2大生産国であることは知られていたが、健康被害ではインドが世界で最も高い犠牲を強いている。また中央ヨーロッパ、北アメリカ、中国には近代的な発電所が多いが、東ヨーロッパ、ロシア、インドには排ガス処理が十分でない古い発電所が多数ある。
旧式の発電所では設備が古く、汚染物質のほんの一部しか除去されないが、質の悪い石炭を燃焼させていることも汚染につながっている。健康への影響の半分以上は、発電所の10分の1に及ぶ。これらの発電所は、できるだけ早くアップグレードまたは停止する必要がある。
大気汚染のホットスポットからわかる地域ギャップが広がっている理由は2つある。第一に、欧州のような裕福な国々は、高発熱量で有害なSO2の排出が少ない高品質の石炭を輸入しているのに対して、貧しい石炭輸出国(インドネシア、コロンビア、南アフリカなど)では低品質の石炭が国内消費にまわされる。低品質の石炭が、SO2除去処理を行わずに時代遅れの発電所で燃焼するためにこれらの国がホットスポットになり、健康被害でも「格差」が生じている。
第二に、欧州では発電所の排出規制が効果を上げているが、粒子状物質、SO2、NOxによる地域の健康被害は、石炭火力が使われるアジア(インドと中国)で主に発生している(下図)。
Credit: Nature Sustainability
世界の石炭資源は数百年続くと予想されるため、このままでは有害物質による大気汚染も続くことになる。水銀と硫黄の含有量が多い石炭は採掘しないことが望ましいが、成長期にある2大国(中国やインド)では工業化が続き汚染を悪化させるリスクが高い。研究チームは、石炭発電による健康被害を減らすことを世界的な優先課題とすべきであると考えている。
石炭火力発電所建設のための初期投資費用は高いが、その後の操業費用は低い。したがって、発電所の運営者は、長期間にわたって発電所を稼働させ続けることに経済的利益をもたらす。これが石炭火力がなかなか廃止できない理由である。健康と環境の観点から、石炭から天然ガスへ、そして長期的には、再生可能エネルギー源へと移行するべきなのである。
脱石炭後のエネルギー源
欧州のデイーゼル車規制が加速しているのも脱炭素より健康被害が大きな要因である。少なくともドイツの早急な石炭火力全廃の決定には理由があったということだ。健康被害の対策となれば疑わしい温暖化防止のための脱炭素より、説得力があるだろう。収益性が健康被害に勝ると考える電力会社にはこれから厳しい時代を迎えるが、原子力に逃げることができない。選択肢は再生可能エネルギーとその貯蔵技術以外にない。
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