水から水素を製造する時代が確実にやってくる

17.12.2018

Photo: electrochem.org

 

炭素を含まない燃料で駆動される未来は、太陽光や風などの再生可能だが断続的なエネルギー源からのエネルギーを利用して蓄える未来でもある。将来的にはエネルギーは万人に開放され、誰でもエネルギーを使い放題できる社会が実現するのは夢物話ではない。トロント工科大学の研究チームは水から水素を生成する低コストのマルチサイト触媒を開発したことで貯蔵できるクリーンエネルギーに一歩近ずいた(Dinh et al., Nature Energy online Dec. 10, 2018)。

 

水素は最も軽い(単純な)元素で、燃料から肥料まですべての化学物質の主要成分であることに加えて、水素はエネルギー貯蔵媒体として大きな可能性を秘めている。このことは、水分解で水素を生成するために再生可能な電気を使用し、貯蔵しておいて電気化学的燃料電池のプロセスを逆転させ、要求に応じて電力が得られることを意味する。

 

水素は非常に重要な産業用原料だが、結合が強いため分解にエネルギーを必要とする。そのため現在は化石燃料から熱エネルギーを発生させて製造するため、大きな炭素排出量を生み出してしまうパラドックス状態にある。これは実にもったいない話で、再生可能な水素と酸素を生産するための電気分解 - 水分離は「潜在的には」魅力的な技術なのである。実用的な水分解による水素製造には、効率、コスト、寿命のさらなる改善が必要になる。

 

現在、最高性能の水分解触媒は、白金、高価な材料に頼っており、酸性条件下で作動するため電解質を添加しなければならない。これらはどちらも製造コストが高く採算性がとれない。研究チームが開発したマルチサイト触媒(注1)は、プラチナよりも豊富な、銅、ニッケル、クロムから製造する。さらにpH中性条件下で良好な性能を発揮する点で、従来の課題をすべてクリアしている。

 

海水は地球上で最も豊富な水源だが、酸性条件下で伝統的な触媒を用いた海水を使用するには、最初に塩を除去する必要がある。これはエネルギーを消費してしまうプロセスだが、中性pHでの動作は、淡水化が不要となる。

 

(注1)Cu基板に活性中心のNiとCrOを埋め込んだ触媒(下図)で、オーバーポテンシャル48mVでpH7の条件で10mAcmという優れた性能を有している。水素結合力の弱いCuを分解に利用すると同時に、水素結合エネルギーの高いNiとOH-結合エネルギーの高いCrOをHER(水素発生反応)とOER(酸素発生反応)に役割分担させた電極構造がマルチサイト触媒の鍵となっている。

 

 

Credit: Nature Energy

 

太陽エネルギーで触媒により水分解で水素を製造し、貯蔵しておけば燃料として熱エネルギーに、また燃料電池で電気エネルギーに変換することが、可能になる社会で初めて再生可能エネルギーが世界中に行き渡る「フリーエネルギー」の世界が実現する。原子力がかつてそのような「フリーエネルギー」になると思われた時代があった。しかし代償の大きさに人々が気づくなか、いつのまにか斜陽産業(注2)と化した。

 

(注2)フランスの大手企業アレヴァは破綻の危機で国営化、欧州型原子炉は中国以外の先進国では建設コスト高騰で挫折、英国の新規原子炉も米国の新規原子炉も停滞、三菱グループはトルコの事業から撤退、日立グリープも英国の新規原子炉事業を凍結した。一方、小型原子炉計画も将来性がみえてこない。原子力は少なくとも先進国では衰退産業といわざるを得ない。

 

静かなエネルギー革命

トロント大の研究グループ以外にも世界中の研究者が水分解触媒の研究に従事しており、この研究で開発方針が定まったことで水素製造の実用化に向けて一斉に研究開発が始まるだろう。一方、いまだに水素エネルギーという言葉にアレルギーを持つ人々や、FCVを嘲笑するイーロン・マスクのような、水素の負のイメージにとらわれる人々も多い。しかし水素エネルギーへの潮流は自然な流れで、静かなエネルギー革命は始まっている。