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スピンキュービットを基盤とした量子計算機は、通常の計算機では解決できない難しい数学的問題解決に威力を発揮すると期待されている。理研の研究チームは2つの異なる種類の量子ビットから作られたハイブリッドデバイスから構成されるアーキテクチャを開発した。これによって課題であった高速な初期化と読み出しが実現し量子計算機の実用化に向けて大きく前進した。(Noiri et al., Nature Comm. 9: 5066, 2018)。
従来の計算機が限界に近づいているように見える今日、量子現象を使用して計算を行う量子計算機は飛躍的な計算の高速化で困難な問題を解決することができる。すでに市販機も完成しているものの、本格的な応用に必要なスケールアップ(キュービットの拡大)には解決しなければならない課題があった。
1998年に、IBMの研究チームは量子ドットの電子スピンを使った量子計算機を提案して以来、実用的なデバイスが模索されてきた。しかし肝心の高速演算が可能な実用的な量子計算機を開発するには多くの障害がある。まずデバイスを迅速に初期化できる必要がある。初期化とは、キュービットを特定の状態にするプロセスであり、それが迅速に実行できないとデバイスの速度が低下する。
次に、測定に十分な時間にわたってコヒーレンスを維持する必要がある。コヒーレンスとは、2つの量子状態間の絡み合いを指す。環境雑音でキュービットがコヒーレンスを失うようなら、デバイスは機能しない。そしてキュービットの究極の状態はすぐに読み出せなくてはいけない。
これまで量子計算機を構築する多くの方法が提案されているが、IBMの研究チームが提案する方法は、確立した半導体に基づいているので、最も実用的なアプローチのひとつである。研究チームは2つの異なる種類のキュービットを1つのデバイスに組み合わせたハイブリッドアーキテクチャを開発した。 異なる種類のキュービットとは、Loss-DiVincenzo量子ビットと呼ばれる単一スピン量子ビットのタイプで、制御の忠実度が非常に高く、状態が明確で量子計算に理想的であり、長時間、量子情報を維持できる特徴がある。
このタイプのキュービットの欠点は、その初期化と読み出し速度が遅いこと(数100nsec)である。一方。スピン一重項-三重項キュービットと呼ばれる2番目のタイプは、すばやく初期化され、読み出しできるが、すぐにコヒーレンスを失う(でコヒーレント時間が短い)欠点があった。
Credit: Nature Comm.
上図はスピン量子ビットデバイスの概略。赤(青)スピンとエネルギー準位は電子(核)スピンを示す。 Si / SiGe量子井戸の中で定義された二重量子ドットデバイス。量子ドットは、cに示すようにグローバルトップゲートを用いた蓄積モード、またはドーピング層を用いた空乏モードで動作する。 b空乏モードのドナー量子ビット系で、シリコン金属 - 酸化物 - 半導体技術で製造される。
単一電子のスピン状態は磁場中で分割され、量子ビット操作は、ドットについてはdで、ドナーについてはfで、共鳴周波数の交流磁場を介して得られる。交流磁界はbで交流電流を流すことにで印可する。ドナー系は、強度Aの超微細相互作用を介して電子と結合している核スピンの存在により、効果的な2量子ビットデバイスを形成する。
この研究では、2つのタイプを、位相状態ゲートと呼ばれるタイプの量子ゲートと組み合わせたことがポイントである。これでコヒーレンスを維持するのに十分な速さでスピン状態を量子ビット間で絡み合わせることができた。高速一重項 - 三重項キュビット測定により読み出されるスピンキュービットができたことで本格的な量子計算機アーキテクチャの時代を迎える。