日本がステルス戦闘機を開発しなければならない本当の理由

 

自衛隊が採用したステルス戦闘機F-35は米軍が最も多く配備する予定だが、最近になって様々なトラブルとその解決のために製造が遅れに遅れている。まるでボーイング787のときのようだ。

 

F-35は映画にいち早く登場するなど「お高い」F-22ラプターより身近な存在で知名度も高かった。だが空軍専用のF-22に対してこちらは最初から、空軍、海軍、海兵隊で採用されるためはるかに多くの条件がつけられた。

 

このことが設計者を悩ませたことはいうまでもないが、それに加えてのステルス性能と海軍仕様(注1)の垂直離発着機能が大きな負担となっていた。

 

(注1)垂直離発着用のF-35Bでは機体前部をくりぬいてシャフトでもう一台のファンを駆動する。追加ファンのために吸気口と排気口を開閉するが、このメカニズムのために積載兵装は減少した。主エンジンは90度噴射口を曲げる。英国の新型空母や日本が検討中の小型空母転用にはSTOL離陸、VTOL着陸は都合が良いものの、複雑で重量が増加したことで戦闘機としての能力は犠牲を伴うものとなった。

 

エンジンが単独型を採用したため、空軍用のA型、海軍仕様のC型と米海兵他と英国海軍が採用するB型を通じて、基本的な運動性能が控えめなスペックとなった。致命的なのは運動性能が悪くてロシア戦闘機と接近戦になったら対抗できないことがシミュレーションで露呈したことである。ステルス戦ではミサイル攻撃に失敗したら敵機は目の前に現れるから致命的なのだ。F-35導入を早くから決めていた国からも導入見送りあるいは見直しに入る国が続出している。

 

ロシアのPAKFA(上の写真)(注2)はスホーイの自信作で、あまりある推力で接近戦の運動性能はF-35とは比べ物にならない。

 

(注2)記事を書いた時点では試作機でありPAKFAもしくはT-50戦闘機と呼ばれていたが、その後、Su-57として正式採用されるにいたった。

 

日本では三菱重工がステルス戦闘機の試験機を開発中である。機体やレーダー、それにステルス性能を決める電波吸収塗料、複合材料など、先端技術に関しては十分な技術力があある。何が問題かというと現在の推力5tのエンジンをどうやって推力15tクラスに引き上げるのか、ということ。IHIをもってしても相当な技術開発の人員と予算が必要になる。

 

米国がステルス戦闘機をこれまで日本が開発するのを許す理由はジェットエンジンの開発ができない、と読んでいるからだ。15tクラスの使い物になるエンジンをIHIが開発した時点で間違いなく中止をつきつけてくるだろう。確かに5tと15tのジェットエンジンは月とスッポンの差。10tに仕上げるのが先決だがそれとて簡単なことではない。しかしIHIの研究開発能力はやる気になれば国からの開発支援があれば可能だろう。

 

しかしジェットエンジンをはじめ規制によって製造ができなかったいくつかの分野(軍用も含めて)は、技術力を結集して力を発揮する舞台であり今後は聖域はなくなる、ことを米国も理解しなければならない。旅客機もそうだ。ボーイングとエアバス以外で787クラスを国産しているのは中国だけだ。ただし中国のジェット旅客機は国大市場のみで世界市場を狙える代物ではない。

 

日本が独自にステルス戦闘機を製造しなければならない理由は米国から乳離れしてF-35をしのぐ戦闘機を配備しなければPAKFAに勝てないからだ。ただしコンペで性能的にはF-22を圧倒していたYF-23の設計を上回る必要がある。これは相当にハードルが高いが、カナダのSuper ArrowよりはF-3の国産化の方が実現性が高いだろう。

 

アップデート

Updated 13.10.2018 20:43

F-35(F-22)などの米国製ステルス戦闘機の否定的な評価のソースは何なのか、調べてみた結果、Rand Corporationの報告書 "Air Combat, Past Present and Future"が見つかった。報告書によればロシア製および中国製のマルチロール・ステルス戦闘機に比較して、視界内の空中戦において圧倒的に不利とある。

 

この記事でとりあげたようにSu-57の運動性能に比べると、もともと想定していない空中戦で比較する意味は少ないし、中国のJ-20もステルス能力と運動性能の低さで、Su-57と比較するまでもないと思うのだが、報告書の否定的な結論はベンチマークやシミュレーションに基づいたものだという。しかしこの報告書の論点は古く、湾岸戦争の砂漠の嵐作戦時に米軍機が体験したドッグファイトが基準になっていて、現代の戦闘である電子戦(Electronic Warfare, EW)の時代にはそぐわない。もはや視界に敵機をとらえてドッグファイトを挑む前に、EWは始まり先手必勝で終了してしまうからだ。Rand Corporationは世界有数の安全保障関連のシンクタンクだが、この報告書の作成は当時の作戦に従事した懐古趣味のベテランによるものといえる。

 

Updated 13.10.2018 16:38

F-35に関しては様々な評価があるが、現時点で唯一の第5世代ステルス・マルチロール戦闘機である。F-22は第4世代。この記事の趣旨にある日本が開発しなければならないステルス機とは第5世代に他ならないから、現時点で空自がF-35を採用した理由はそこにある。

 

この動画で説明されているように、F-35は機体各部に配置された電子・光学センサー(Distributed Aperture Sensors, DAS)で、単独で360度四方の状況を観察し、情報を僚機や基地と共有する。また装備されるフェーズドアレイレーダーシステム(Active Electronically Scanned Array Radar, AESA)の能力が優れている。またイージス艦、イージスアショア、対空ミサイル指揮所のフェーズドアレイ・レーダーを統合して、膨大な戦闘情報を分析し、複数の敵に対して射程外、レーダー圏外から攻撃する。このためドッッグファイトに必要な運動性能が致命的となる近距離の戦闘パターンを想定していない。

 

一方、ステルス能力や電子戦能力に劣るとされるSu-57はスホーイの最近の戦闘機の高い運動性能を引き継いでいる。どちらが有利かは戦闘の場面に大きく依存することになるとはいえ、世界最高の運動性能を持つSu-57の存在は無視できない。国産第5世代ステルス・マルチロール機には両方の戦闘場面で優位になる「器用さ」が求められる。そのような機体は購入先がないことが国産化の理由である。

 

英国の第5世代テンペストも海洋国としての英国の特殊な(欧州や北米と異なる)防衛構想を背景として開発が決まった経緯がある。テンペスト開発を日本と共同で進める案も浮上し、米国からはロッキード・マーチン社のF-22改良案やノースロップ・グラマンの幻の名機YF-23も提案されている。これから詳細が詰められていく中で、方向性が定まると思える。

 

 

Updated 12.10.2018 15:50

ワスプ級準空母とクイーンエリザベスでのF-35Bの離着艦訓練は精力的に行われているようで、上の動画ではワスプ級準空母ではエンジンノズルを下に向けたSTOL発艦とVTOL着艦は安定しているようにみえる。

またVTOL着艦は甲板の色が濃い後部の一区画のみであることに注意したい。この区域が高熱対策済みの甲板と思われるので、作業は甲板の一部なので大きな改装にはならないことが想像できる。つまり海自の艦載機装備(現有護衛艦の空母転用)は大幅な改装なしで実現できる。多用途護衛艦の全通甲板規模から考えて、最初からそのことを想定していたことは容易に推察できる。

 

アップデート続き(コメント対応を含む)

Updated 28.211.2018 08:06 27.11.2018のコメントへの回答

F-3に対するご意見は全くその通りだと思います。しかしこの問題の本質はステルス戦闘機に求められる性能の本質が、機体の性能ではなく、第5世代多機能戦闘機としてのインフラを含めた総合性能指標が問われていることを前提にしなければなりません。

 

すなわち運動性能が要求されるドッグファイトの時代は過去のものとなり、センサーの塊のような機体と高性能レーダーで支援し、上空にある僚機と情報を共有して、遠距離ミサイルで相手が気づかないうちに撃墜することです。レーダー投影面積が小さく運動性能が高いSu-57の実戦配備が遅れているのもF-35の製造が遅れたのも、それが整わない(時間がかかる)からでした。

 

なぜかといえばセンサー情報と高性能レーダー情報を統合して敵を判別し最適な武器で攻撃するいわばAIソフトウエア(最新版ブロック3のアップグレード)の開発に膨大な時間と労力が必要だからです。日本の技術力は高いと言っても部材どまりでシステム構築力は弱いですので(MRJの開発遅れのような)遅延があってはならないのですが、それには企業連合をつくり国家プロジェクトで望むか、他国プロジェクトと共同開発かの選択になります。後者は簡単で予算もかからないので、意見が強まっていますが、おっしゃるように国産で対応すべきであるので、F-35でつないでもそうしたほうが長期的には良いにきまっています。

 

F-35Bを含む100機の追加発注はF-3開発の時間的余裕をつくるには良い決断だと思います。首都圏を守る百里基地が老朽化したF-4だけという情けない状況をやめなければならないでしょうし、いずもの機能を最大限発揮するためのF-35Bも不可欠ですから。

 

Updated: 11.10.2018 23:09 11.10.2018のコメントへの回答

F-35に関して過小評価をするなというコメントをいただいたが、この記事は2015年8月に書かれたものであり、当時のステルス戦闘機に関する情報は限られていたことをご配慮願いたい。また本稿は空自のF-35の採用の是非を論じようとするものでもない。むしろF-35Bの空母転用が現実味を帯びてきたことは、空自のF-35AとF-35Bの両方を整備する計画を立てていたことは、先進的であるといえる。

 

ただし本稿を書いた時点では、F-35の運動能力は(単発であることに起因して、)双発機であるF-22やSu-57に比べて、劣っていることや、開発の遅れ(複雑な兵装ソフト開発の遅れのため)のため、評価が高くなかったことは事実である。なお米国のF-22選定コンペのテストパイロットの評価からはF-22となったYF-22よりも、ノースロップ・グラマンチームのYF-23の方が遥かに高かった。また専門家の評価も圧倒的にYF-23の方が高かった(YF-22が選定されたのかについてはここではふれない)。

 

F-35はそのF-22のさらにまた廉価版で(とはいってもF-15より大幅に高価だが)兵装ソフトとステルス性についてはF-22より高度化されているとはいえ、マルチロール機の決定的な評価要素である運動性能は低くならざるを得ない。ただしステルス機の戦闘パターンが敵の射程外からのヒットアンドアウェイで欧州や局地戦のマルチロール機と異なるので、要するにステルス機としてみるならばマルチロール機の評価基準は使えないのも確かである。

 

なお個人的にはF-35Bの採用を含めて考えれば、選択肢はなかったと思うが、どのような機体を採用しても日本に最適なステルス機としては(マルチロールの幅が極めて広く、政治的、財政的な制限がある以上)困難なものだったと思う。クラスとしてSu-57との優位性を議論する必要がない、とするならば、旧式とはいえ重量級の爆撃機を護衛して領空侵犯するロシアのSu-57に対抗策がないとしたらどうだろうか。戦う相手を選んで比較優位性をアピールしても無意味である。

 

まとめると本稿の趣旨は非常に特殊な(防衛軍という意味)環境にある経済大国日本にとって、最適な国産ステルス戦闘機を開発することは国益と航空技術維持のために不可欠であるということである。

 

Updated: 29.07.2018 16:41 29.07.2018のコメントへの回答

コメントにあるように、IHIが国の予算で15tの試作エンジンを完成させたことで、国産戦闘機開発のボトルネックは解消された。これで米国に対して国産化が可能であることを強くアピールすることができるだろう。ただし公開されたエンジン本体の周囲の配管・配線を見て欲しい。これがあくまで試作機であることを思わせる実装エンジンでは無いことは明らかである。

 

IHIのハードウエア製作能力は疑いのないところであるが、配管・配線などのインフラの主流はCAD設計にあり、これらの設計は海外メーカーが得意とするところだ。今後、最終モデルへ向けて細部設計の見直しと評価作業の継続が不可欠であるが、国の予算が息切れしないためにはか開発調査研究費をつぎ込むなどの工夫がいる。

 

またこれもコメントにあったようにソフトウエは我が国の不得意とする分野なので、この開発は航空機メーカーのみでは無理で、国内のソフト、アビオニクス、センサー企業を束ねた総合プロジェクトが不可欠である。英国の次世代ステルス戦闘機テンペスト開発で、有利なのは近代化が進んでいるユーロファイター(タイフーン)の経験がある点だろう。

 

Updated: 07.10.2018 16:30 07.10.2018のコメントへの回答

 F-35Bは米海兵隊仕様であることについてコメントをいただいたので、(注1)を追記しました。米国採用分については、垂直離発着のF-35Bは海兵隊仕様なのですが、英国海軍が正式採用し日本の海上自衛隊のヘリ空母の転用で艦載機として採用される可能性があることから、STOL/VTOL艦載機としての能力からこのような補足にいたしました。なお同時に(注2)を追加してアップデートをいたしました。

 

Updated: 08.10.2018 8:40

この記事はSu-57という正式名称が与えられないほど古い時点で書いたものであるにも関わらず、よく読まれているので、ここで筆者の頭から離れないことを追記しておきたい。まずF-35Bを艦載機として「いずも」転用する可能性だが、VTOLとして安定に運用するためには、主排気ダクト回転機構とシャフトを介する追加ファンの整備には相当に気を使う必要がある。

 

そのため格納庫には整備スペースを確保しなければならないことで、搭載機数に制限が生じる点がつらい。シミュレーションでは14機搭載可能との記事をみるが、クイーンエリザベス級と肩を並べる機数である。一方、10機以下だと運用効果と抑止能力が損なわれる。悩ましい作業だが検討を進める必要があるだろう。

 

ちなみに現有の200機のF-15を、当初配備予定の42機のF-35Aで置き換えるのは無理があると思っていたら、20機追加されて62機体制になることが決まった。それでも不足するので早期に国産のステルス機補充を時間軸でシームレスに行わなければならないだろう。またステルス機の兵装として中心的な役割を果たす長距離ミサイルの開発を並行して行うことも、不可欠である。

 

 

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コメント: 5
  • #1

    倉富正範 (日曜日, 29 4月 2018 06:01)

    F35は、全く役に立たない、エンジンが、劣っても武装した国産機にすべきだ。

  • #2

    名無し翁 (日曜日, 29 7月 2018 08:47)

    IHIは15トン級エンジンの開発に目途を付けたのでは?
    これで問題の一つはクリヤー後は電子機器レーダー関係とコンバットコントロールのソフト開発力??

  • #3

    匿名 (日曜日, 07 10月 2018 15:30)

    垂直離陸型は海兵隊仕様では?

  • #4

    シコふんじゃった (木曜日, 11 10月 2018 22:22)

    F35の評価に明らかな誤謬かある。
    素人ではなく、国内国外を合わせた専門家が現在出揃ってるあらゆるデータと、他でも無いパイロットの感想を元に下した結論は、現状ではある特定の状況を除いてF35をレーダーで捕捉することは極めて困難で、更に様々な米軍のテストから場合によってはF15も喰われる事が明らかになっている。元々クラスとしてSU57と比較する相手はF22であり、趣旨の原点に誤りがある。もう少し戦闘機について明確な勉強が必要ではないか?
    ただし、国際共同を含む国産戦闘機の開発は不可欠であることに変わりはない。

  • #5

    名無し (火曜日, 27 11月 2018 16:01)

    それぞれ状況も使用目的も違う国々との共同開発では、真っ当なモノが出来るわけがない。
    金ばかりかけて、中途半端なモノを配備しても、結果は火を見るよりも明らかだ。
    まぁ払いたくもない金を、払わされている可能性も有るが…

    自国を守る為のモノはやはり自国で開発しなければならない。

    アメリカ様が許せばだが…

    F-2の様にならない事を祈るばかりだ。