開拓者を送り出したカンバーランドギャップ






















 上の絵はがきは西部開拓になくてはならかったカンバーランドギャップを走る道路、Cumberland Gap Parkway完成時の記念である。


 東部の13州から西部を開拓する(原住民から土地を奪う)ためには、アパラチア山脈を越えなくてはならなかった。


 アパラチア山脈は遠目にはなだらかに見えるが、森林と岩山が行く手を阻み、カンバーランドギャップという峡谷がみつかるまで、人々は越えることができなかった。


 カンバーランド地域には渓流が多く、あちこちで滝をつくるので日本の景色に近いところもあるが、ずっと険しくて人を寄せ付けなかった。


 開拓者トーマスウオーカーによってカンバーランドギャップが発見されると、開拓者たちは我を競ってこのルートで西部へ向けて出発した。


 東西の要所カンバーランドギャップは当然、南北戦争の戦場となり両軍がカンバーランド川沿いに戦った。


 開拓者達はこの渓谷を越えると広がる平地に驚き、さらに西進を続けるとやがて荒涼とした乾いた大地とキャニオンに目を見張ったことだろう。


 カンバーランドギャップを越えたことで広大な土地をインデイアンから奪い、リザーベーションに追いやってからも西進を続けた開拓民がロッキー山脈を越えると、あとは南北に連なるシェラネバダ山脈を越えれば太平洋が広がっていた。


 広大とはいえ開拓者の西進は終焉を迎えることとなったが、グローバリゼーションという名の世界制覇願望はとどまる事のない開拓者魂だったのかもしれない。


 そのきっかけはカンバーランドギャップの発見であった。