英国がエコカー助成を縮小する理由

21.10.2018

Photo: buyacar

 

 このほど英国政府はエコカー新車を購入するための財政的インセンティブを大幅に削減することを決めた。補助金のひとつであるプラグインカー・グラントは11月9日から金額が改定され、現行のEV補助金(カテゴリー1)は4,500ポンドから3,500ポンドへ減額、2,500ポンドのPHV補助(カテゴリー2, 3)は完全になくなる。一見すれば補助金カットは英国が声高に推進する自動車のゼロエミッション化に逆行するようにみえる補助金縮小の理由は何なのか。

 

英国政府のエコカービジョン

 先に英国政府は2040年にガソリンとディーゼル車(ICE)を販売停止、2050年からすべてのドライバーがこれらの車を運転できない大胆な構想を明らかにした。しかしEV新規登録数が1%にも満たない中で、インセンテイブなしに全てのガソリンとディーゼル車を置き換える挑戦的な構想は、世界中に衝撃を与えるものであった。

 

 しかし政府のビジョンに同調しEVに乗り換えても良いと思う人々にとって、高価なEVのコストは依然として大きな障壁となっている。調査によれば10人のドライバーのうち7人はEVやPHVの価格が、従来のICE車と同程度になるまで、助成金が必要だと考えており、10人中8人は、EVやPHVの購入価格が高いことが、購入の障害と考えている。EVを本格的に普及させるには政府補助金が不可欠であるのに、普及促進に逆行する政府補助金をいま打ち切る理由は何か。

 

EVシフトで必要な再生可能エネルギー増産

 本格的なEV普及には、①ICE同等の走行性能、②ICE同等の車両価格だけではなく、③充電インフラ整備が不可欠であることを力説する専門家は多い。これらの実現そのもののハードルが高いのも事実なのだが、実はEVシフトは単なる充電インフラ整備のみでは済まないのである。英国が掲げるビジョンのように、一国のICEをEVで置き換えようとすれば、④新たに電力を新たに生み出し、⑤それを支える送電網の増強も同時に実現しなければならない。

 

 完全なEV化では英国のピーク電力は61GWの50%に当たる30GWの電力が不足するとしたシミュレーションがある。EV需要のために新たな発電でCO2排気を大幅に増やすわけにいかないから、結局、稼働時排出量の少ない原発あるいは再生可能エネルギーを増やすことになる。しかし30GWといえばヒンクリーC原発の10基分に相当し、これらの新規建設を2040年までに完了するのは、工期的にも財政的にも現実的には不可能である。つまりEV販売をいくら助成し促進したところで、原発とEVの組み合わせではゼロエミッション社会は達成できない。

 

 一方、英国の風力発電容量はすでに5.5GWに達しており、2020年までに10GWの再生可能エネルギー電力を海上風力発電で賄う計画を開始している。風力発電量を増産していけば、2040年までに、EV化による最大電力需要に応えることは不可能ではない。再生可能エネルギー増産の課題は後述するエネルギー貯蔵も含めなければならないことで、それを含めると普及曲線は、イーロン・マスクのいう急速なS字曲線よりずっと緩やかなものになる。そのため英国政府の補助金打ち切りは再生可能エネルギー増産曲線に整合させ、エネルギーの需要供給のバランスを重視した結果ととれなくもない。

 

成熟したエコカー市場

  一般に市場が成熟する前に早期に購入インセンティブを早期に取り除くのは普及のブレーキとなることが多いが、補助金を打ち切る政府の見解は市場がより確立され競争力が高まるにつれて、直接政府の財政支援の必要性は減少するというものである。

 

 2018年に英国で新車登録されたエコカー(HV、PHV、EV)の10台中6台(59.5%)が日本メーカーであり、EV登録数の40%を占める日産リーフが突出している。このことは英国車市場は低コストでエコ性能が高い車が相応に販売を伸ばしていることを示している。エコカー市場が成熟し助成の必要がなくなったと判断しても不思議ではない。

 

EVの先のゼロエミッション

 発電を含めて社会全体のゼロエミッションを追求すれば、再生可能エネルギーだけでなく貯蔵可能な水素エネルギーを視野に入れる必要がある。そのためEVありきのエコカーカテゴリーにFCVなどの多様性を認め、普及に時間がかかってもゼロエミッション社会の実現に向けて努力する決意が補助金打ち切りに込められているのかもしれない。

 

 テスラ社のような急進派のEVメーカー、原発推進派、レドックスフロー電池メーカーを中心として、水素エネルギー社会や燃料電池車(FCV)への風向きは強い。しかし再生可能エネルギー増産とエネルギー貯蔵は自然エネルギー利用の両輪である。再生可能エネルギーは水素エネルギーとして貯蔵できFCVを駆動すると同時に、空気中のCO2から液体燃料を製造して、カーボンニュートラル燃料ICEが復活する可能性もある。

 

 再生可能エネルギー比率を高めていくと水素貯蔵や大気中の炭素キャプチャの重要度が高くなり、2040~2050年までに太陽エネルギーを水素やカーボンニュートラル燃料に変換する「広義の水素社会」が実現するかもしれない。そうしたエネルギー変革の時間スケールを考慮した上で、補助金打ち切りを決断したとしたらむしろ理にかなっているということもできるだろう。

 

陳腐化した補助金政策

 いずれにしてもEV産業はこれからバッテリーをめぐる競争が激しくなり、激しい淘汰が起きることは間違いない。低コストで高性能なEVが実績を伸ばせる「成熟に近づいた市場」と考えた英国の判断は妥当なのかもしれない。中国や米国でEV補助金カットが相次ぐ中で、今回の英国政府の決断は特異なものではなく、もはや補助金政策は陳腐化し過去のものとなったことを意味している。

 

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