EVシフトにビジョンが描けない理由

08.10.2018

Credit: AUDI

 

 先進国では都市化が進み、年に人口が移動してゼロエミッションへの動きが加速した結果、若者の自動車への関心が薄くなり自動車の個人所有そのものが破綻しかけている。こうした背景を受けて新時代の(オンデマンド型)カーシェアサービスへのシフトが起きている。

 

 自動車アナリストによると、EVの世界的な販売台数は前年比で50%増加したが、新規登録件数はわずか1%であった。統計的には微々たる市場を巡ってEVの楽観的なビジョンが目立つ。政府やメーカー幹部が主張するEVシフトは原理的にも統計的にも現実性に欠けることが明らかになりつつある。これまでの統計に反映されたEV販売の動向は、補助金効果のもとでの幻影であった。

 

 今後3~4年で自動車メーカーはSUVなど売れ筋の車種でEVに本格参入することで、2022年から23年にかけて、ドイツ御三家を含む大手メーカーは価格競争力を武器に先行したテスラEVや日産リーフを追撃する構えである。しかし、補助金の減少に加えて、互換性のないプラグや電力料金支払いシステム、充電ステーションのネットワークの整備などの環境不備が、販売の足を引っ張る。

 

 現状では標準的な充電の目安は80%30分である。しかし液体燃料の給油時間に比べて充電時間が長いことはやはり問題で新しいEVバッテリーの目標は、ガソリンスタンドでの給油に要する時間と遜色のない7~8分で超高速充電を行うことである。しかしそのためには電力の確保と送電網と大容量充電設備の整備が不可欠で、たとえ技術的に充電時間が遜色のないレベルになったとしても、一国で原発10基分以上となる大電力が必要になる。

 

 結局、電力供給を含めた政府の支援レベルに応じて、EV市場は急激に加速するか、あるいはゆっくりと発展するかのシナリオが考えられる。米国や欧州の自動車メーカーは、中国がリチウムイオンやその他のバッテリー技術に必要とされる希土類鉱物の膨大な埋蔵量を保有しているため、中国のバッテリー技術に依存する可能性があることを懸念している。

 

Credit: Bloomberg

 

 自動車メーカーにとってのもう一つの課題は、EV化で組み立てや販売後の保守サービスが簡素化し、現在業界全体で雇用されている労働者の雇用が脅かされることである。そのため大手メーカーのEVシフトの本音は環境保全でも世界市場独占でもなく、先進性と使い勝手が気になる若い顧客を対象とした幅広い需要を満たすニッチビジネスで、都会のリベラル層を取り込むことなのである。

 

 都会の車の使われ方は1日2回、約35キロメートルで通勤する程度なのでEVで十分であり、今後ガソリン価格は上昇傾向にあるため燃費で有利なEVで新しいものを追いかけるリベラル層に先進性をアピールして、若者の車離れ対策になればよいと考えても不思議はない。電力不足の今日、どの国にとっても新たに原発10基を建設するのは不可能だからである。

 

 対中国自動車関税ですでに大手メーカーに暗い影を落としており、米国のフォード社は関税で10億ドルの減益となるため事業見直しを行う。7月25日、フォード社は、同社の事業改革(人員削減)により、今後3~5年間で110億ドルの一時的な費用が発生する可能性があると発表した。4月には、大規模なコスト削減目標を発表してアナリストを驚かせた同社は、SUVやトラックの需要が急増している中で、北米の市場を支えてきたセダンを段階的に廃止する予定である。

 

 

 EVシフトの限界がみえてきた今日、当初考えられていた急激な導入は現実性に乏しく、ゆっくりとした増加曲線をたどり、ある一定の比率に収束することが現実的なシナリオと考えられる。自動車の使われ方が都会のような近距離移動だけでないことを考慮すれば、比率の多様性はむしろ合理的といえるのではないだろうか。EVに乗る若者は内燃機関の自動車をICE(Internal Combustion Engine 略)と呼んで軽蔑するが、EVが支配的になるシナリオが有りえない以上、軽蔑するICEと共生しなければならない。自動車における駆動エネルギーの多様性がEVのビジョンなのである。

 

 

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