最低所得制度導入の社会実験に挑む先進国

09.03.2016

Photo: BIEN

 

 スイスでは65日に、全成人国民に1人当たり月額2,500ドル(約28万円)、子供1人当たり750ドル(84,000円)が支給される「統一最低所得」の導入を巡り国民投票が実施される。賛成多数で導入が決まれば、無条件で(雇用されているかに関係なく)、世界で初めて最低所得を給付する国となる。

 

 家族3人、子供1人の家庭では、月額の支給は5,750ドル(約644,000円)となる。日本の水準からして非常に高い支給額である。制度導入の推進派(主に芸術家、作家、インテリ層のグループ)は、制度は社会から貧困を無くすだけでなく、雇用と所得の関係を崩す狙いがあるしている。この制度を肯定する人々は「最低所得の支給は労働人口の減少に結びつくものではない。生活のため、収入を得るために働くのではなく、仕事が好き、意味ある仕事をする、働きたいから働くという意識の変革が起こり、人々は豊かになり、経済成長が見込める。」としている。

 

 

 しかし、この議論の現実的でない点は明らかで、社会には低賃金や過度の勤務時間・肉体労働が要求される職が多い。国民全員に最低所得が支給されれば、これらの職につくインセンティブはあるだろうか。低所得者に現収入より高い最低所得が支給されれば、低賃金の職を続けることは考えにくい。多くが働くことを辞めたとしたら、社会や経済活動が停止する状況に追い込まれることさえ考えられる。

 

 「統一最低所得」の実施コストは年間2,150億ドルと推定、スイスGDPの約30%に匹敵する規模である。その負担源は72%が税金、残りは生活保護、失業手当、基礎年金、児童手当、障害者保証などの現給付制度の廃止による資金の移行となる。コストの負担資金にも問題がある。制度の維持は、政府財政状態によって左右される。雇用が減少すれば、税収は減少し、制度は破綻する。

 

 

最低所得制度の実験的導入

 社会保証としての最低所得制度の議論は1930年代の大恐慌の時代からある。現在、オランダ第4の都市であるユトレヒトで1月から実験的に、社会保障受給者を対象に月1,000~1450ドルの最低所得の給付が行われている。様々な社会保証を一本化した場合のテストケースとなる。

 

 

 

 フィンランドでは、国民1人当たり月額800ユーロ(約13万円)の最低所得制度が検討されている。具体案は11月に発表される予定である。フィンランドの場合は、失業率が9.4%と高く、その原因は現社会保障制度にあるとされている。パートタイム職や低賃金職により受給される社会保障額が減らされるため、職を求めない人が増加傾向にある。一定の最低所得を給付することで、所得を補足するためにパートタイムや低賃金職を求める人たちが増加するのではないかとみられている。

 

 

 

 カナダのオンタリオ州でも、実験的な導入を実施する予定である。詳細はまだ未定ではあるが、年内の実施が検討されている。カナダもフィンランドと同様に、様々な社会保証制度を一本化した場合への影響を検証するためのテストケースである。格差の拡大による弊害が世界的に認識された結果、まず底辺層を支援して社会の活力を上げようとする試みが提案されることとなった。しかしそれを支える財源が国家財政を圧迫し、逆に破綻に追い込むことになりかねない。格差の原因である富裕層に資産が移行するメカニズムの解明が先決問題であろう。