リスクが高まる原子炉ビジネス

15.12.2015

Photop: Toshiba

 

東芝の半導体、PC事業部の粉飾決算は7年間で1,500億円にのぼるが、実はそれ以外に東芝はウエスチングハウス社の買収後の連結決算で損失記載を意図的に避け、損失を隠していた。ウエスチングハウス社は2012年度に762億円、2013年度に394億円の減益損失を計上したが、連結決算でこれを計上しなかった。写真は東芝の技術が光るNAND型フラッシュメモリー。サンデイスクと技術を共有するが東芝の独自技術といってよい。

 

 

ウエスチングハウス社買収の背景

東芝は原子炉ビジネス畑の社長に交代してからウエスチングハウス社を買収したが、その経緯は業界では奇異なものであった。まず当時のウエスチングハウス社は世界有数の多国籍原子力関連企業であったが、国営の英国核燃料会社に売却されていた。同社はウエスチングハウス社を18億ドルで売却予定でいたが東芝は54億ドルで買収競争に勝ち手中に収めた。業界では米国標準型ともいえる第三世代原子炉AP1000が世界各国から受注を受け、見かけ上は見通しが明るいものの原子炉ビジネスは「売れれば売れるほど損をする」リスクが高まっていた。

 

広島・長崎に原爆投下をした1946年に米国は軍事目的に原子炉開発の方針を固めた。その後、ルーズベルトのAtoms for peaceの掛け声とともに民生原子炉の研究開発が官民で始まり、1960年代に原子炉ブームが起こった。1970年代には国内での建設がピークを迎え現在、104基と世界一の原子炉保有国となり、1990年にはエネルギーミックスで原子力が20%を占めるようになった。

 

 

原子炉リーデイングメーカーの企業価値

米国の沸騰水型と加圧水型の軽水炉の代表的メーカーはそれぞれ、GE社とウエスチングハウス社である。沸騰水型はGE社が日本に当初「ターンキー方式」で設置したことで知られる。1990年代後半になるとウエスチングハウス社がより安全な加圧水型AP600を開発した。現時点で米国型の代表的原子炉といえばAP600の出力を増強したAP1000(下のイラスト)である。一方のGE社も1990年代後半に新型のABWR(第3世代原子炉)が認可され、GE(日立)とウエスチングハウス(東芝)は米国を代表する2大原子炉メーカーとなった。

 

 

Photo: Westinghouse

 

儲からない原子炉ビジネス

米国では電力自由化のために商業原子炉にはコスト高騰の重荷がのしかかり、多くの原子炉が老朽化しているのに、更新はおろか廃炉の具体的な予定さえ立っていない。2000年代に入るとシェールガス・オイルの増産政策でエネルギー産出国トップに躍り出たが、(温室効果ガス削減の観点から)再び原子力の継続を国策とした。しかし新規建設は住民の反対で認めらない一方、政府と電力会社の財政難で廃炉の予定も立たない。発展途上国の需要が見込めるとはいえ安全性を保証する設計が要求されたため建設コストが高騰し、アレヴァ社の最新型欧州型原子炉(EPR)は建設が大幅に遅れている。先進国相手の原子炉ビジネスは期待できないため、将来を発展途上国に絞らざるを得なくなった。

 

中国はフランスの技術をもとに自国で加圧水型CPR1000を急ピッチで整備しているが、地震の多い内陸部向けにはAP1000を採用した。米国内でもAP1000の認可が下りたが、今現在も稼働中のAP1000はない。建設の承認と作業の遅れは慢性化し、世界的にも多くの原子炉メーカーを悩ますこととなった。大型原子炉は発展途上国の需要は見込めとするのは危険だ。

 

建設費の高騰と建設期間の両面でメーカー負担が増大し、動くお金と裏腹に「儲かるビジネス」とはならなくなっている。福島事故以来、原子炉に要求される安全性は比べものにならないほど高度になったため、設計は複雑になり建設コストの高騰につながった。しかも発展途上国が建設コストを負担できないため、受注には債務肩代わりさえ強いられる。韓国は50年間保書という破格の条件でUAEから受注を勝ち取ったが建設遅れで延滞金を支払う羽目になりそうだ。

 

 

東芝の隠し球―4S原子炉

東芝は独自技術で4S(Super-Safe, Small & Simple)と呼ぶ「もんじゅ」の発展型の小型ナトリウム炉を開発中である。最近ビルゲイツ財団が目指す小型次世代炉に仕様が近いことから資金提供を受けているが、ここにも中国資金が手を伸ばしている。東芝にとっては将来をみれば小型で安全な4S原子炉で勝負したいが、大型原子炉メーカーのウエスチングハウスは重荷になる恐れがある。UAEへの韓国型原子炉の売り込みや中東へのロスアトムのロシア型原子炉売り込みで明らかなように、発展途上国の債務を売り込む企業でなく国家が保証しないと売れない時代になった。

 

4SやGe-日立のPRISMのような小型で安全な原発であれば財政負担も少なく、電力需要のある地域に整備していくことができる。東芝は4S原子炉開発に集中すべきであったが、AP1000が売れるとみたのだろう。中国は100基程度の需要はあるとみられているが最初のAP1000購入で技術を盗めば自国のCPR1000を改良してくるだろう。多くの受注は見込めない。中東はロスアトムと韓国にとられている。欧州ではアレヴァ社の威信をかけたEPRの建設が難航しているすきを狙って一角(英国)が中国に落ちた。

 

 

東芝の不正会計には多くの謎があるため、一部の専門家はウエスチングハウス買収の減損を帳消しにするために圧力がかかったとする意見さえある。半導体とPC事業部の不正会計は氷山の一角である可能性も高い。18億ドルで売りに出た会社を54億ドルで買収したことの採算性が問われる。東芝は買収当時のウエスチングハウス社の企業価値と買収金額との差をいわゆる「のれん代」として済ませている。第三者委員会が指摘した利益のかさ上げ、1500億円の数倍の規模の減損が生じる「最悪シナリオ」をどのように処理するのだろうか。