ロールスロイスを救ったトレント

Aug. 21, 2014


 大口径ターボファン2基を翼にぶら下げたワイドボデイ機(通路が2列ある機体)の世界にはちょっとした異変が起こっている。これまで独占に近かった米国大手のボーイ ング社に、欧州企業連合のエアバス社とがじわじわと接近し、対等に競い合っているのだ。


 通常エアライン各社はどちらかのメーカー機体をメイン機種にして、デリバリの遅 れ等に対するリスク対応として、競合する他方のメーカーを補助的に採用している。写真のようにロールスロイス社のエンジンはロゴが入る。エンジンベイのRRロゴをみて安心感を抱く人も多いだろう。

 

エアバス社のインパクト
 エアバス社とボーイング社は2階建てのエアバスA-380を除くほとんど全てのセグメントで競合する機種を持つ。エアバスの出現によりボーイングの独占市場が崩れた。これによりエアライン、特にローンチングカスタマはメーカーに細かい仕様を指示したり、時には設計変更の要求など注文をつけて、2社を競合させ大型機を発注できるようになった。


 このことで各社のポリシーに沿った(セミオーダーメイドの)機体を飛ばせるようになり、顧客である旅行者は自分の好みに合った空の旅を楽しむ事ができるようになった。

 大型旅客機のジェットエンジンには燃費の良いターボファンエンジンが使われる。これは簡単にいうとジェットタービンでプロペラを回すターボブロップエンジ ンのプロペラの径を小さくして、より高速で回転するファンとして、エンジン内の先端に取り付けたものである。ターボプロップのプロペラ機より高速である亜 音速領域で燃費が最適になることから、ほぼ全ての大型ジェット機のエンジンに採用されている。

 

 エアラインは機種(メーカー)を選ぶと、エンジンを選定し最後に機体の細かい内装仕様を決める。ターボファンエンジンのメーカーは米国のプラットアンドホイットニー(P&W)とゼネラルエレクトリック(GE)、に英国ロールスロイス(RR)の3社が競合している。

 

ジェットエンジンの新潮流
 実はエンジンの分野でも最近、同様の異変が起こった。生粋の上流階級出身ロールスと技術者あがりの完全主義者ロイスが創業したロールスロイス(RR)社はシルヴァーゴーストやファントムという高級車のメーカーとして知られるが、ダイムラー同様に航空機エンジンメーカーでもある。

 ロールスロイス社のジェットエンジン部門は1970年代に経営難に陥り大型機エンジンシェアが8%台と低迷していた。エアバス社がA320という小型機からスタートし、徐々にセグメントを中、大型機まで拡大してボーイング社に真っ向から勝負を挑むようになりつつある中で、エンジン需要も高まると判断したRR幹部は、大胆な攻勢に出る。

 ロールスロイスの伝統に従って英国の河の名前からとった"トレント"というエンジンを政府からの資金援助で開発するプロジェクトである。国からの資金援助は販売利益を返還することになっていた。英国系のエアライン各社は当然のようにトレントエンジンを採用したが、信頼性と静粛性に優れたトレントエンジンは従来はロールスロイス製エンジンを採用しない航空会社までもが発注するようになり、RR社のシェア拡大に貢献した。


 全日空の発注したボーイング787機でもトレントが採用され全体でもシェアが40%近くまで達成した。設計面でもライバルのGE社に比べて3軸独立回転数制御はきめ細かい燃費向上と騒音減少につながり、優位性を持っている。

 

大競争時代
 エンジンと機体メーカーの組み合わせが増え、選択肢が広がるときめ細かく最適な機体で運用が可能となり経済性がよくなった。古参エアラインは新参のLCCに追い上げられ苦戦する中で、路線の規模に機材を最適化し効率を上げることで対抗した。政治経済の分野で一国独占の時代は終わったが、旅客機の世界でも米国独占が崩れて大競争時代を迎えた。


 圧倒的亜資金力で開発路線の先頭を切っていた米国勢が復活するのか、台頭するBRICSのように、エアバス社に加えて、ブラジル、カナダ、日本のメーカーが市場シェアを延ばすのか、しばらくは目が離せない。鍵を握るのはエンジンかも知れない。燃費に加えて信頼性や静粛性を伝統のRRロゴに重ねる顧客は多いからだ。