Credit: Hyperloop Technologies
世界最高速の常伝導磁気浮上列車は中国の上海空港と市内を結んで2002年から運用されている上海トランスピッドで最大速度は430km/hである。JR東海の計画する超伝導磁気浮上列車(中央新幹線)でも最大速度は505km/hで、高速鉄道の営業最高速度がTGVの320km/hに比べてみると、飛躍的な高速化とはならない。
一方、真空トンネルの中を空気圧で突き進む弾丸列車の原理を利用したハイパーループは音速に迫る超高速で都市間を結ぶ公共交通機関を目指している。2013年にイーロン・マスクにより提案されたハイパーループは時速620km/hでロサンゼルスとサンフランシスコ間を30分で結ぶ。車両あたりの乗客数は少ないが運転頻度を上げることで、1時間あたり6,000人の輸送能力とする。
Hyperloop Oneという米国企業がデザインコンペを行いMITグループの提案が採用された(注1)。基本的には真空対応トンネルの中に磁気浮上させた列車の先端取り付けたターボファンで空気を取り込み円筒状の車両を空気流が流れてチューブの中心に車両が浮き上がる(注2)。車両全部の陰圧と後部の陽圧が駆動力となる原理で、超音速発生時に衝撃波が発生するため原理的な最高速度は音速(1,126km/h)以下になる。
(注1)コンペ2位のオランダのデルフト大チームにも試作権が与えられ、MITチームとデルフト大チームが試験走行を行い、優劣を決める。
(注2)空気圧浮上方式は当初のイーロン・マスクのアイデアで、技術的な検討により破棄された。チューブと車両は真円の断面を持つとしても重量があるため、浮上してチューブの中心に車両が来るようにするには下面の空気圧を高くし、その都度変わる車両重量に対応させて制御しなければならない。その後の設計案では磁気浮上として空気圧は円筒の周囲との接触を避けるためとなった。また運転中は電源損失でも停止するまでは浮力を保たなければならない。この車両の位置制御はがハイパーループで最も難しい技術課題となる。現在は上海トランスピッドやJR中央新幹線(JRマグレブ)と同じように、磁気浮上型となっている。ただし磁気浮上にローレンスリバモア国立研究所の開発したインダクトラック(Inductrack)方式が採用されている点はこれらと大きく異なる。インダクトラックの特徴は磁気浮上を車体の下部に固定した永久磁石の特殊な配列(ハルバック配列)にある。これは導体の上を走行する際に流れる渦電流(誘導起電力)による反撥で車体を浮上させる。推進力はこれとは別に必要になるが、軌道に埋め込んだ電磁石に給電する上海マグレブ(トランスピッド)に比べると、浮上のための電力が要らない。原理的には5km/h以上で浮力が発生するので、発車時のみ補助車輪をつけて推進力を加えれば浮上するので経済性に優れる。
30秒間隔で打ち出されるポッドに収容される乗客は6-8名なので、大量輸送には絶え間のない運用が必要となる。そのため2地点間のトンネル内には数10ポッドが移動している計算になるので、それらの制御・監視は従来の列車制御より遥かに複雑になる。Hyperloop Oneはラスベガス北部で開発試験を行っている段階であるが、ドバイとアブダビを結ぶ路線をデンマークの企業とHyperloopなどの多国籍企業の連携で勧められているほか、英国のロンドン、エジンバラ、カーデイフ、リバプールを結ぶ高速鉄道も計画されている。またAFP=時事によれば新たにチェコの自治体がこのシステムの調査に入った。
Hyperloopのメリットが出る速度での運用には、路線が直線で駅間の距離が離れていることと、駅数が少ないことが絶対条件である。またトンネルが地下に埋め込まれる場合は景色を見ながらの旅というわけには行かないので内部に外部の景色をAR表示することになる。初期の計画やドバイの計画では透明なチューブを用いるが、現在試験運用のために設置されているチューブはアルミ製である。加減速の距離が長いため駅が近い場合には速度のメリットが失われる。実際、上海トランスピッドでも最高速度の区間は数分に限られる。
Credit: Hyperloop
このハイパーループの動きに最近、韓国が参入した。韓国鉄道研究所がハイパーループのような真空トンネル列車の原理で新たに超高速列車システムの独自開発を計画している。今後3年間かけて研究開発を行いハイパーループと競争力のある公共交通手段を整備するとしている。高速移動の需要の見込まれる米国、カナダ、中国に見込まれハイパーループの競争開発が激しくなってきた。
ハイパーループの建設コストはロサンジェルスとサンフランシスコ間で当初は160億ドル(1.9兆円)とされていたが1,000億ドル(12兆円)と試算もあり、片道運賃が20ドル(2,400円)という事業の採算性に疑問の声も上がっている。ちなみにリニア中央新幹線の東京大阪間の建設コストは9.2兆円となる。
Hyperloopという企業はイーロン・マスクのテスラモータースやスペースX同様にIT系の若い技術者を多用している。これまでの技術に支えられてきた従来型鉄道を根本的に覆す発想の転換という意味ではテスラEVや再使用可能なファルコンロケットに共通するアイデアの新規性を売り物にする会社だ。事業の採算性という壁が立ちはだかるが、Hyperloopは世界初の旅客輸送を目指して急ピッチで計画が進められている。
ハイパーループの特徴は高速性にあり車両あたりの乗客数においては、JR中央新幹線の高々1/100程度で、輸送効率は高くない。運行頻度をあげるとしても精度の高い運行と非常停止時の安全保障などの技術課題があり、輸送効率を極端に改善することは困難で、採算性には疑問符がつく。また浮上にインダクトラックを使って省エネできても、真空トンネルの維持は簡単ではない。