シリアの飛行禁止空域を指定する米国

29.11.2016

Photo: baladi-news

 

 米大統領選挙後の混乱が続いていた15日に、通常の立法手続きが適用されない異例の臨時議会が開かれた。そこで、下院5732号決議案、別名「シーザー・シリア市民保護条例」(Caesar Syria Civilian Protection Act)が可決された。この法案の注目点は、米国がシリア内で飛行禁止空域を指定する権限を合法化したことである。

 

 

唐突な法案可決の背景

 オバマ政権がシリアで支持してきた反体制派勢力が弱体化している状況のなか、ネオコン議員6人が提出したこの法案は十分な議論がないまま成立した。法案提出の前に、ISに人員、武器、資金、ロジスティック支援と軍事訓練を提供してきたトルコのエルドアン大統領が、米国にシリア内での飛行禁止空域を指定することを要求している。

 

 ロシアとシリア政府軍はISの支配地域の制覇と過激派勢力の排除に成果を上げている。その一方で、対立する米国、NATO、トルコはアサド政権の転覆、トルコの場合はクルド勢力の弱体化で、反アサドや過激派勢力の支援強化を進めてきた。

 

 

「シーザーの写真」

 シーザー・シリア市民保護条例のシーザーとは、2013年に「シーザー」という暗号名の軍関係者の写真のことである。「シーザー」が入手した、シリア政府の拘禁施設で虐待行為や拷問で死亡した11,000人が写っている約5万5000枚の写真は、2014年のジェネーブ2シリア平和会議直前に米CNNと英ガーディアン紙が公開した。

 

 この影響で国際世論はアサド政権に批判的となり、米国が主張するアサド政権交代の必要性を正当化するために「シーザーの写真」は使われたことになった。その後、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査で、21,568枚は兵士や軍関係者、 28,707枚はシリア政府の拘禁施設での死亡者の写真と判明したが、27件33人の身元しか確認がとれていない。

 

 シーザー・シリア市民保護条例は「シーザー」の写真を元に、アサド政権のシリア国民に対する残虐行為に焦点を置き、シリア市民の保護のためにはアサド政権の政権交代が必要で、反体制勢力を支援するには、シリア内で米国が飛行禁止空域を指定する必要性が法案成立の論理となった。

 

 

「シーザー・シリア市民保護条例」の意図

 シリア軍はシリア北部の最大都市アレッポの東部地域をほとんど征服した。一方ではロシアによる空爆で弱体化が止まらない反体制勢力で、米国のシリア政策が大きく崩れようとしている。「シーザー・シリア市民保護条例」は八方塞がりの状況を打開しようとして可決された法案である。米国がシリア内で飛行禁止空域を指定すれば、ロシアだけでなくシリア軍も自国内で空爆を実施することができなくなる。さらに、ロシアやシリアの戦闘機を撃ち落とすことも可能となる。政権末期にも関わらず米国はロシアとの対立は今まで以上に深刻化する政策をとることになった。