量子暗号通信衛星を打ち上げた中国

21.08.2016

 

 

Photo: phys.org

 

量子計算機といえば未来の非ノイマン型計算機として各国で研究開発がさかんであるが、IBMではすでに量子計算機サーバーを公開して利用が開放されているほど、実用化に近い段階にある。一方、量子暗号はハッキング不可能な通信手段として未来の通信手法として期待されている。

 

中国では量子暗号通信の研究が進んでおり、上海と北京の2,000kmを光回線で結ばれる他、2016年8月16日に世界初となる量子暗号通信衛星を打ち上げた。これによって光回線では制限される利用地域が中国全土に及ぶ。これによりインターネットによる通信のハッキングが不可能となる。

 

量子暗号の研究グループはシンガポール国立大学、英国ストラスクライド大学、中国科学技術大学などから構成されている。リーダーはシンガポール量子技術開発センターのLing準教で、要素技術の研究開発の中心は中国科学技術大学のJiangwei教授である。中国科学アカデミー(CAS)はスパコンや量子計算機開発に多額の資金を投入し、実用化においても先進国に追いつき最先端に位置することとなった。

 

 

打ち上げられた衛星はQKD(Quantum Key Distribution)という量子暗号化で2点間の通信を中継する。通信の途中でハッキングされれば受信側で検知されるため、ハッキングは原理的に不可能である。衛星通信で北京と北部の都市ウルムチが安全な通信で結ばれる。上海と北京はすでに光回線で繋がっているので、北京と地方都市の間の安全な通信ネットワークが完成する。通信の内容は機密性が要求される政府の外務、内務に関する情報通信、軍事施設間の情報交換であるが、順次、金融情報や個人情報通信にも使われる。中国はさらに2010年までに衛星を増やしてアジア、欧州が量子暗号通信ネットワークでカバーする構想を持っている。

 

 

 

Source: TechRepublic

 

QKDの原理は一個の光子に4種類の偏向による情報を持たせ(上の図)、例えばAliceからBobにbit羅列情報を送信するときに、送信側と受信側が同じ偏光特性情報を持たせる。情報が確実に伝達されるには一個の光子づつ偏光状態を知らなければならない。そのためには偏光情報(Key)をユニークに 両者が共有することが必要になる。正確なKeyが共有できるまで送受信は続くことになるが、途中で情報を読み取ろうとしてもAliceとBobしか知らない(共有していない)Keyがわからないので情報を再生できないことになる。このような手順はBB84 Protocolと呼ばれる。

 

 

2009年に中国は研究所外に量子暗号通信回線を展開した最初の国となった。中国科学技術大学のJiangwei教授はまず、大学のある地方都市合肥市内のキャンパスを結ぶ光回線を敷設し、上海、北京に延長して上海—北京の2,000kmをつなぐ光回線を完成、衛星通信に展開してきた。着実な研究展開は最終段階を迎えるに至ったが、開発は科学アカデミーが潤沢な予算と優秀な人材投入で支えてきた。2009年に中国科学技術大学は量子暗号通信のための企業をつくり実用機材の開発を行った。

 

 

Source: Caixin online

 

量子暗号通信はインターネットのような大容量高速通信手段ではない。安全と機密性が保証された通信に限定されるが、ハッキングフリーな通信手段登場のインパクトは計り知れない。技術立国を目指す中国が科学アカデミーにより資源の重点配分で成功を収めたひとつとなった。

 

Jiangwei教授(上の写真)チームの研究は上海にある中国科学技術大学の量子計算研究所で行われている。筆者は同教授の招きで研究所を昨年秋に訪れたが、量子暗号通信システムを衛星に積載できるほど小型化に成功しており、近いうちに衛星を打ち上げるプロジェクトの説明を受けた時には半信半疑であった。

 

同教授は優秀な若いスタッフが、NTTなど世界最先端の通信研究所に匹敵する研究設備に張り付いて研究開発を進めている状況を目の当たりにした。科学アカデミーが重点的に育成しつつある分野(量子計算機、量子暗号通信、スパコン、宇宙開発、原子力など)では、すでに世界最高峰に到達している。