EV市場に参入するドイツ車メーカーの思惑と勝算

12.07.2017

Photo: electriccarsreport

 

 8月に100台、9月に1,500台を皮切りにテスラEVの量産車モデル3の生産が開始された。バックオーダー33万台の解消に向けていよいよ本格的な量産体制となる。待ちに待ったモデル3の生産開始だが量産能力とサービス体制には未知数の部分も多い。12月から20,000台が生産されるとしている。ちなみに年間33万台はプリウスの年間生産台数でトヨタの2工場がフル稼働して達成できる生産台数である。

 

一斉にEV参入するドイツメーカー

 今年のパリ国際オートサロンではドイツ自動車メーカーが一斉に自社のバッテリー技術とコンセプトモデルをアピールし大競争時代の幕が切って落とされた。ポルシェ社はパナメーラPHV、BMWはi3のバッテリーアップグレードを発表したほか、GMドイツはOpelブランドで、Boltの欧州版Ampera-eを2017年から生産開始予定である。

 

 オートサロンで最も関心が集まったのはメルセデスベンツ社の新型PHV、EQであったが、そのほかにもアウデイ社は2018年にPHVのe-Tron (Q6のEV版)、VW社は2020年にEVのI.D.を販売する。これらの車はテスラ社のモデル3の航続距離(345km)を超える航続距離が特徴で、e-Tronは500km、フォルクスワーゲンI.D.はモデル3の3倍となる。

 

 これらのドイツEVの価格は大衆車の代表格であるGolfと同程度になる。コストを無視できるニッチ市場向けで圧倒的な性能で他を寄せ付けなかったテスラEVだが、価格対性能比が決め手となる量産車市場ではドイツ車メーカー各社との競争が激しくなり、競争についていけなければ市場を失う可能性が高い。

 

量産EV市場の幕開けとなる2017年

 米国高級車市場はメルセデスベンツやBMWなどドイツ車の独占であった。しかし単一モデルの販売数が年間5万台のテスラ社EV(モデルS)に抜かれ世界中でテスラEVが走り出すようになると、技術力の高いメーカーというイメージがテスラ社に与えられるようになっていった。高級車市場を失う危機感と2016年時点で50%近い成長市場のEVに、ドイツ車メーカーも重い腰を上げて参入せざるを得なかった。

 

 当初のドイツメーカーは400kmを超えるテスラ社の航続距離のEVを持たなかったため、テスラEVに独占を許すことになった。例えばPHV GolfのEVモードの航続距離は50kmに過ぎない。しかし人々が求めていたのはゼロエミッションで不自由なく400kmを走りきる車だった。ちなみにゼロエミッションを満足するのはEVとFCVで後者に舵を切ったトヨタがEVの遅れを取り戻すためにテスラ社と提携・協業は失敗、テスラ社は生産拠点となる工場を破格の値段で手に入れた。

 

排ガス規制がEV量産の追い風に

 VW社の2015年の排ガス規制の不正をきっかけに、同社のデイーゼル車に対する取り組み方にも変化が生じたが、ドイツ政府が2030年までに内燃エンジン搭載車の販売禁止する決議案が可決され、オランダやノルウエイでも2025年までにガソリン車を廃止する動きも出てきたことと重なり、戦略が見直され量産EV市場への参入を目指すことになった。

 

 2025年までにVWが販売するEV 30車種は全て新たに設計によるもので、これらの販売は同社の売り上げの20-25%に達するとみられる。同社の戦略は傘下にあるポルシェのパナメーラPHVでテスラのモデルS、またSUVのe-TronでモデルXに焦点を合わせ、テスラ市場の切り崩しを狙う。

 

テスラ社に試練となる薄利多売の壁

 高級車に比べて利益率が低い量産車市場では独占が困難な「薄利多売」の世界である。利益率が30-40%と高い利益率のITビジネスに比べて、量産車の利益率はわずか3%である。実際、時価総額でGMを抜いたとされるテスラ社だが過去採算が取れたのは1四半期のみである。ドイツ車メーカーの年間開発費220億ユーロに対して、テスラ社は7.2億ドルに過ぎない。ドイツ車メーカーとの競争で価格競争となれば、採算性で不利なテスラ社には収益悪化のリスクが潜む。購入部品が多い生産体制では傘下に部品供給会社を持つ大企業が有利である。年間数10万台規模の車の品質を保証し、十分なサービスが提供できるかどうかが厳しく問われる。

 

 テスラ社は斬新な車設計でEVのイメージを一変させ新しい市場を作り出したが、量産車市場に移行するにしたがって薄利多売という「陳腐なビジネスモデル」の土俵で戦わざるを得なくなる。量産車メーカーとしての未熟さが露呈して、開拓した市場を失うのか、モデル3の中国での拡大生産で覇権を維持できるのか、ここ数年が正念場となるとみられる。

 

 しかし何れにせよ電力を使うだけのEVが環境対策の最終章ではない。最終章では太陽熱による水素燃料FCVに加えて空気中の温室効果ガスから製造される(バイオマスではない)カーボンニュートラル燃料FCVを含めて、メーカーもユーザーも電力不足を解決しながらインフラを整備するという二足の草鞋を履かなければならないからだ。

 

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