米国の水銀汚染は中国起源か

15.03.2016

Photo: European Environment Agency

水銀の毒性は極めて高く、重大な健康被害をもたらすことは日本人なら誰でも知っている。熊本にある化学肥料工場が水俣湾に廃液を流したことにより水銀汚染が植物連鎖で濃縮され公害病として有名な水俣病を引き起こした。当時、因果関係を裏付けることは簡単ではなかった。というのも一次汚染源は濃度が低い海水であったが、それが食物連鎖で生体濃縮され毒性の高い濃度に汚染された魚を食したために中毒となったことを立証するには原因物質の特定と汚染経路の理解に膨大な研究・調査が必要だった。

水銀の汚染源は工場廃液や有機水銀系農薬によるものが多いが、大気への排出は工場の排ガスによるものである。水銀は、石炭、石灰、鉱石などに微量に含まれており石炭火力発電所、産業用石炭燃焼ボイラー、非鉄金属製造施設で年間5500-8900トンが大気中に放出されている。米国でも東海岸に集中した重工業地域の石炭の燃焼による排気が大気中の水銀汚染の原因であったが、石炭火力の減少によって、長期的には米国の大気の水銀濃度は1世紀にわたって下がり続けていた。

しかし最近のデータを調べてみると東海岸の水銀濃度は減少する一方であるのに対してロッキー山脈一体では逆に水銀濃度の増大傾向が観測された。中央部の異常な水銀濃度の増大は何によって生じているのだろうか。米国中央部にはしかし石炭を燃焼させる工場は設置されていないので、濃度の上昇をもたらした水銀放出は米国内でないことが明らかになった。

異常な水銀濃度の上昇を警戒する必要がある理由は大気中の水銀が降雨によって地上に移動すれば、食物連鎖が起きて大気の濃度はわずかでも濃縮されて中毒を引き起こすリスクがあるからだ。水銀濃度の長期的観測データを調べた結果、石炭火力を発電に用いているアジア地域に原因があることがわかってきた。

もちろん水俣病の水銀汚染経路を確定した時のように、汚染源特定は膨大な労力を要するものだが、環境基準(注1)が施工される中で、健康被害を未然に防ぐために水銀の汚染問題が注目されている。

(注1)日本では2015年度から「水銀排出制度の枠組み」の元で水銀に着目した大気排出規制制度が設けられた。国際的な取り組みにおいても国連環境計画が主導して「水銀に関する水俣条約」が140カ国に上る国々が締結している。

Source: Utah Department of Environmental Quality

 

大気中の水銀の化学的状態や含まれる化合物は複雑であるが、高層に達した水銀を含む汚染物質はジェット気流によって太平洋を超え、ロッキー山脈周辺の気流の乱れで降雨により地表に降り注ぐので、食物連鎖により濃縮された川魚を人間が食べることで中毒となる。

 

アジア特に中国は発電の大半が石炭火力によるものである。特に冬季には暖房で石炭火力を使う為水銀放出量も増える。日本の高度成長が水俣病を生んだように、経済成長の著しい2000年代の水銀排出が遠く離れた国の環境を汚染している。経済発展と環境汚染は表裏一体で進むことを認識しなければならないのだが、どの国でも高度成長時にはその余裕がない。