限界を破る新型高温超伝導体

19.12.2015

Photo: nature 

 

高温超伝導の臨界温度は最近まで増大がみられない飽和状態が続いた。2008年に新たな鉄系物質の登場で理論的な理解は深まったが、臨界温度については56Kと銅酸化物(Hg-1223)の最高温度135Kを超える例は報告されていなかった。臨界温度の足踏みと同時に研究予算と研究人口は急速に減少し、高温超伝導のテーマを看板に掲げる研究室は数えるほどになった。高温超伝導研究の氷河期を迎えている。

 

沈黙を破って2014年12月に臨界温度の更新を伝える報告がロスアラモスのサーバーにドイツのマックスプランク研究所の論文原稿が掲載された(A. P. Drozdov, M. I. Eremets, and I. A. Troyan, arXiv:1412.0460)。Erementsらは大気中で絶縁体の硫化水素(H2S)に圧力をかけていくと190Kで超伝導を示すことをみいだした。超伝導の証明であるマイスナー効果も確認され、臨界温度更新の可能性が高まった。

 

この仕事の理論的研究はその後、東大と理研の研究グループによって行われ、BCS機構では不可能とされていた190K超伝導がEliashberg式で得られることが示される(Akashi et al., Phys. Rev. B91, 224513(2015))と、世界中の研究者の注目を集めた。Eremetsらは実験を繰り返し最終的には203Kという過去最高の臨界温度をNatureに投稿した。

 

Nature(Drozdov et al, Nature 525, 73 (2015))は一筋縄ではいかなかったようだが、8月17日に掲載された。それによるとH2Sを電極のついたダイアモンドアンヴイルに封入し、圧力化(150万気圧)で温度を一旦下げて相転移をお起こしてから徐々に上げていくと、超伝導から絶縁体に203Kで転移することが確かめられた。研究の経緯はnature別記事に詳しくかかれている。

 

 

Photo: francis naukas

 

Spring-8のX線回折で相転移により立法晶最密充填構造(bcc)のH3Sが形成され、それが超伝導相であるとした。しかしよく知られているように水素の位置をX線で知ることはできないため、結晶構造は確定的なものではない。さらに回折パターンにはハローパターンと呼ばれる非晶質とみられる相がみられ、超伝導転移にも単一相でない可能性もあらわれているため、超伝導相の最終決定にはまだ時間を要するとみられている。

 

水素位置を決定するには中性子回折実験が必要だが、高圧化で容積が50ミクロンと限られているので、中性子回折実験ができないのである。また理論的にBCS理論で臨界温度を説明できるとしているが、通常の範囲のパラメーターではBCS限界より高い200K超伝導はEliashberg式から得られない。またEliashberg式についても細かく見れば多くの仮定と近似が前提とされていて、万能ではない。

 

構造の同定と電子状態の計算の精度をあげて、フェルミ面電子密度やフォノンのカップリング定数の吟味、実験的にはまず第一に単一相を得て超伝導容積分率と呼ぶパラメーターを調べることが先決であろう。Natureが掲載に踏み切った理由は(実験に多少の問題があっても)理論計算でBCSの枠内で200K超伝導の可能性が否定できないためであろう。

 

検証が不足とはいえ銅酸化物の高温超伝導では従来のBCS理論では説明できないことがアピールポイントでもあったが、今回のようにBCS枠内でも常温にせまる臨界温度が実現できるとなれば、理論の見直しを急ぐ必要性が生じ、停滞していた高温超伝導の研究にふたたび火がともるかもしれない。

 

 

 

ロスアラモスのサーバーは投掲載されない原稿でも誰でも投稿できる、Wiki Leaksのような原石のような情報の宝庫であるが、玉石混交でもある。今回はインパクトの大きさでNatureも掲載せざるを得なかったとみられるが、超伝導では先にシェーンの捏造事件も記憶に新しいし、理研のSTAP細胞事件もある。結局、鵜呑みにしないで検証しないと足元を救われる恐れもある。12月にローマでEremetsはUgo Fanoメダルを受賞したが、研究は始まったばかりである。