契約雇用増大が警告する研究能力の衰退

11.12.2018

Credit: Harvard Univ.

 

契約職員が増えているのは先進国共通の傾向だが、研究者の雇用にも同様の問題があるとしたらどうだろうか。インディアナ大学の研究チームのデモグラフイー分析によると、高等教育機関で科学者としてのキャリアを追求する人々の半数は、5年後にこの分野から脱落するという深刻な現状が明らかにされた(Milojevic et al., PNAS online Feb. 16, 2018)。

 

調査によれば、1960年代の科学分野の雇用の増加傾向にも関わらず、学問に生涯を捧げる人たちは多く、科学者になった人の50%が離職するのは35年後だった。この統計は、50年以上にわたって10万人以上の科学的キャリアを追跡して、実験技術者、研究従事者、ポスドク研究者と研究支援雇用を網羅している。

 

1960年から2010年にかけては社会が科学に将来を託した時代で、教員すなわち研究職ではなく、支援要員が25%から60%に上昇したが、今回の調査では、キャリアライフの急激な低下に加えて、研究の主要著者ではない(契約職員)研究者(Trangent authors)の数が35%上昇したことが明らかになった(下図)。

 

 

Credit: PNAS

 

これまでは科学者の世界では個人のキャリアはしばしば "公表するか死ぬか"というほど論文出版に依存していたが、近年は論文を書かない、すなわち書かなくても良い契約雇用の研究者の急激な増加が目立っている。

 

アカデミアは、長期にわたるキャリアをすべての科学者に保証するものではない。仕事の多くは大学院生が行っていたが、今ではポストドクを契約職員として採用するのが主流になった。この制度は1950年代以前は米国になかったが、その後の教職員の職を得るために前提条件とまでになった。ポスドクで経験を積んだ職員は専門分野とスキルがはっきりするので、採用に失敗がない、という理由である。もちろん学問自身が専門化して大学院の博士課程を修了しても先端研究のワークフォースになれないこともある。

 

ポストドクからポストドクに移り続けることが長くなると、雇用保障の機会が減り、生き残るのは難しくなる結果、アカデミアから離脱してしまうことにつながる。

 

この研究では、天文学の分野で70,000人以上、エコロジー分野で2万人、ロボティクス分野で17,000人以上を追跡調査した。学者の「中途退学率」は、ロボット工学者の中で最も高く、おそらく民間部門に移るのが容易なためと推測できる。最も低い離職率は、大学外での専門職をみつける機会が少ない天文学であった。

 

最大の問題は、博士号の数がテニュアトラックの職務の数よりもはるかに多いことである。伝統的なアカデミアではポスドクや契約職員がこの「見習い期間」でスキルをみにつけることができたが、現代のシステムは、専門分野で大規模な専門家チームを必要とする形態にシフトしたことが大きな要因である。がその場合、チームの中のスキルに格差ができる。

 

解決策は大学での業績(論文数)への報酬や純粋な研究に重点を置く政府機関の設立など政策レベルで取り組まなければならない。アカデミアを離れる科学者の数が減速することの本当のリスクは10-20年後の経験とスキルの豊富な職員が入れ替わる時期に起きる。これがいわゆる「研究所20年論」の根拠で、20年後に職員の研究能力が一気に落ち込むリスクである。

 

すでに米国の研究業務の主役が外国人ポスドクに移って久しい。現在多くの科学論文の筆頭著者は非白人(ポスドク)である。技能労働者に頼る制度を導入すると20年後に深刻な空洞化が起きる。高度技能者を国外に求める国が一丸となって人材派遣を支援した結果なのである。米国の現状からその深刻な代償(リスク)が理解できるだろう。