買収しても変えてはいけないもの

  

 ヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスは、高級ホテル「ウォルドルフ・アストリア・ニューヨーク」を中国の安邦保険集団に約19億5000万ドルで売却する。この買収は中国がいまマンハッタンだけでなくアメリカ全土あるいは世界中で行っている行為の氷山の一角にすぎない。石油で儲けたか印刷したかは別にしてだぶついたお金は世界中を駆け巡り、伝統までもが売り買いされているのだ。

 ロンドンには老舗ホテルがたくさんあり、それぞれが個性的で宿泊するにこしたことはないが、たとえ写真のようなアフタヌーンテイー目的であっても落ち着いた雰囲気が楽しめる。そのロンドンのホテルが続々中東企業に買収されている。イ ンターコンチネンタルホテルズグループは、所有するロンドンパークレーンを中東の投資グループに4.57億ドルで売却した。有名なサヴォイは伝統に別れを告げ、中東オーナーが所有して大々的なリフォームを受けた。ロンドンの象徴であるデパートのハロッズも カタール政府系投資会社が買収した。

 ブルネイ系投資会社はニューヨークのプラザホテル、ロンドンのグロブナー・ハウスや、 マンハッタン南端部のドリーム・ホテルを20億ドル(約2048億円)で買収しようとしている。そういえばデパートのハロッズもカタール政府系投資会社が買収している。またロンドンにやってくる中東の王子たちはスーパーカーを空輸して市内を乗り回すのでスーパーカーで溢れている。

 筆者は以前、ロンドンのとある有名ホテルが中東オーナーの手に渡った直後に宿泊した。このホテルの最上階は風変わりで屋根裏のような石壁の重厚なつくりで落ち着く。ルームサービスをとった時に驚いた。メニューが中東料理だったのである。おそらくシェフを連れて来たのだろう。トレイが部屋に入った時のラム肉の強烈な臭いはいまだに忘れない。ロンドンで中東カルチャーショックを受けたのだった。新しいオーナーがホテル経営をわかっていないことを思い知らされた。アラビアコーヒーも悪くないが英国のホテルで期待するのはやっぱりアフタヌーンテイーのフルセット(下)なのだ。

 

 買収しても良いが変えてはいけないものがある。それこそが価値である場合が多い。