ボーイングの凋落の背景

10.08.2016

Photo: Los Angels Times

 

ボーイング社は米国を代表する民間旅客機メーカーでエアバス社と市場を二分する巨大企業であるが、実は利益をみれば衛星打ち上げの宇宙産業部門と軍用機部門の方が大きい。米国内をみれば1996年に宿敵マクドネル・ダグラス社を買収したのちには国内旅客機メーカーに競争相手はいなかった。

 

下の図は旅客機受注数の最近の変化で2015年度に前年度比(YoY)が大きく落ち込んでいる。

 

 

Source: BFN news

 

ボーイング社の部品供給メーカーであるロックウエル・コリンズ社は先月末(2016630日)の時点で、ボーイング社の支払いが、3,000万ドルから4,000万ドル(日本円にして約36億円から48億円)の支払い滞納があることを認めた

 

 

キャッシュ不足に悩むボーイング

ボーイング社の支払の遅れは業界関係者に衝撃を与えている。最近ではドリームライナー787777X737MAXと立て続けに新型機を発表、エアバスの大型機路線(A-380)に張り合わず、採算性の良い中小型機路線を貫く手堅い開発方針が成功したと思われていた。しかし中国や欧州からの大量発注にもかかわらず、現実には外注先への支払いが滞るほどキャッシュ不足に悩んでいる。

 

同社は世界の旅客機販売において、米国の政治力、特に合衆国輸出入銀行による融資やその国の政治力を受けた大手顧客エアラインの優先採用などにより、1990年代までは旅客機の世界市場でも独占状態が続き、経営利益にの拡大とともに1995年ごろから宇宙から軍需(注1)、金融、不動産、旅行会社にまで多角化し企業規模を急激に拡張した。2015年度の売り上げ866億ドルの中で防衛部門の売り上げは330億ドルであった。

 

(注1)民間機部門に対してBoeing Defense, Space & Security(防衛部門)には軍用機、ロッキード・マーチン社と50%出資のロケット打ち上げ企業ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)がある。

 

独占企業が業種を多角化して新分野に進出し、リスク分散と事業拡大をはかるのは一般的な傾向だが、ボーイング社の場合には政治力を背景にして盤石な体制を築くかにみえた。しかしA-380なきあと大型機として独占メーカーとなれるはずの747シリーズからも撤退し、売れ筋の中型機を残して旅客機生産規模の縮小に向けて動き始めている。

 

 

軍用機部門のつまづき

しかし思わぬつまづきは意外にも得意とする軍用機部門から始まった。歴史に残る名機F4ファントムの後を受けたF15はこれも傑作機となり、日本を含む同盟国へ広く供給された。しかしその生産も最終段階を迎え、イラク空爆で活躍したマルチロールF/A-18も受注が減り、手持ちの売り込む戦闘機がない状態に追い込まれた(注2)。

 

(注2)F4はマクドネル社、F/A18はマクドネル・ダグラス、F15もマクドネル・ダグラス社の開発になるもので、ボーイング社には戦闘機開発の経験がなく、民間機から派生、転用した大型軍用機とヘリコプターが主力であった。かつてのヒット作の大型爆撃機B52が空軍に大量納入され、利益をもたらしたが過去の話となった。空中給油機KCシリーズの納入は入札時の賄賂事件で窮地に立たされている。ボーイング社の戦闘機部門はマクドネル・ダグラス社に頼らざるを得ないが、最新戦闘機の開発費が膨らみ、ヒット作が途絶えると開発費を注ぎ込むことができなくなった。

 

試作機で性能的には勝っていたノースロップYF-23をなぜか蹴落として、最初のステルス戦闘機に採用されたF-22は宇宙産業部門で手を組むロッキード・マーチン社との共同制作だったが、価格が高く生産はすでに終了した。米国と同盟国のステルス戦闘機の売れ筋のF-35はロッキード・マーチン社の開発で、戦闘機市場にはボーイング社の生き残るスペースは残されていない。

 

このため軍用機部門に将来性がないことを認めた経営陣は戦闘機市場をロッキード・マーチン社に譲り防衛事業の主軸を民間機転用(注3)に特化する、という転身をはかることになった。これにより長く続いたボーイング社の防衛産業からの撤退さえありえる状況となった。

 

(注3767旅客機空中給油機に改造して空軍から100機受注を受けた件では賄賂が明らかになりCEO辞任に追い込まれた。このためここで売り込みがきびしくなるため、成長は見込めない。

 

 

宇宙部門でも思わぬ強敵

一方、宇宙部門はロッキード・マーチン社と共同出資のULAは看板モデルのボーイング社が開発したデルタIVロケットとロッキード社のアトラスVロケットを有し、過去の衛星打ち上げを一手に引き受けてきた。ここでの盤石と思えた独占体制が崩れることになる。イーロン・マスク率いるスペースX社の再利用ができファルコン9の登場で低コストロケット打ち上げでの競争力が著しく低下したためである。マスクはULAによるロケット独占体制が競争原理に反している論理で司法に訴え、合法的に競争入札が実行されるとか価格で競争できないULAは受注できなくなった。

 

対抗するためにボーイング社が新たに開発する低コストロケットの投入は早くとも2020年代になるため、それまでは衛星ロケット打ち上げをスペースX社に独占されそうなのである。切り札であった防衛産業が総崩することになると、屋台骨を失った多角化企業の経常利益は減少しキャッシュフローにも影響が出始めている。なお宇宙部門のULAの敗退については詳しい記事があるので、そちらを参考にされたい。

 

 

多角化リスクが襲う

ボーイング社の落ち込みにはいくつかの要因が相乗的に働いた。軍用機開発が途絶えて販売できる機種がなくなった、衛星打ち上げにおける競争力低下、旅客機市場独占を支えてきた米国の政治力の低下で競争を強いられるようになったことが主な要因だった。747を超える旅客機の巨大化には反対していたボーイング社が自社を巨大化・多角化して機動力を失うこととなったのは皮肉な結末である。習近平が降り立ったシアトルのボーイング社では大規模なリストラの前歴がある。すでに製造部門の中心はシアトルにはないが、さらなるリストラを労働同組合は警戒している。