空母だけではないトランプの対北軍事圧力

28.05.2017

Photo: foxnews

 

 米海軍は北朝鮮への軍事圧力を高めるため新たにニミッツ級原子力空母の1番艦であるニミッツ(CVN-68)を送り込んで、カール・ビンソン(CVN-70)、ロナルド・レーガン(CVN-76)とともに3隻体制となった。空母からの空爆は地上軍の撃破に不可欠なもので、原子力空母といえども1隻では十分な兵力とはいえなかったので、航空兵力は大幅に増強されたといえる。

 

 しかしトランプ大統領の対北朝鮮兵力増強はそれだけではなかった。ニューヨークタイムズ誌によればフイリピン大統領との懇談会で、米海軍は北朝鮮に対抗するため2隻の原子力潜水艦を追加で展開するとした。

 

 すでに配備されている原子力潜水艦ミシガンに2隻が加わると(仮にこの2隻がミシガンと同じ改良型オハイオ級とすると)各々、22基のトマホーク発射筒に7発が装填されるので154発のトマホーク発射能力を備え、3隻では464発のトマホーク発射能力を持つ。またオハイオ級原子力潜水艦には2基の特殊部隊「ネービーシールズ」の上陸用小型潜水艇用のハッチを備え、奇襲攻撃の戦力を有している。

 

漏洩した原潜情報

 一方、この情報がトランプ大統領の口からフイリピン大統領を通じてリークされたことに軍当局は驚きを隠せない。原子力潜水艦の優位性はその隠密行動にあり、所在を知られることは避けなくてはならないからだ。国防総省はこの情報漏洩を批判している。トランプ大統領の機密情報漏洩はIS情報をロシア外相とロシア大使に伝えた事件以来となる。しかし対北朝鮮への軍事圧力という意味では原子力潜水艦3隻体制、原子力空母3隻体制という異例の軍事力配備は意味がある。

 

 高まる緊張で、米国の先制攻撃の懸念が取りざたされているが、過去の事例と照らし合わせてその現実度を考察してみる。

 

イラク攻撃時との類似点と相違点

 20021月の一般教書演説でブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を大量殺戮兵器を所有するテロ支援国家として避難した。焦点となったのはイラクの大量殺戮兵器の疑惑についての国連査察を拒否したことである。この時の大量殺戮兵器とは核開発が進む一方で実戦配備されたとされていた生物兵器・化学兵器を積載可能な長距離弾道ミサイルの所持に関して疑惑の域をでないものであったが、2002年に前年の9/11に積極的にイラクが関与した可能性が浮上したことで、攻撃の準備を始めた。現時点で米軍の大規模な戦争準備はない。地上戦を含む本格的な戦争の可能性は薄いとみるべきだろう。

 

 米国は2003317日に最後通告で2日間の余裕を与え、2日後の19日から空爆を開始で、「イラクの自由作戦」に突入した。空爆の目的はイラク軍の中心である共和国防衛隊を撃滅し、地上戦を有利に展開するためのものであった。イラク戦争の準備は200111月から始まったので地上戦を含む戦争準備には14カ月をかけたことになる。

 

湾岸戦争とイラク空爆時の原子力空母

 湾岸戦争の空爆に参加したニミッツ級空のはセオドア・ルーズベルト(CVN-71)ほか、5隻の大型通常動力空母の計6隻体制であった。イラク戦争では通常動力と原子力空母合わせて6隻体制での戦闘であったが、搭載されるマルチロール(戦闘・攻撃)機の充実で、同じ6隻体制でも攻撃力は湾岸戦争の3倍になった。

 

 今回、北朝鮮に派遣される3隻のニミッツ級原子力空母はニミッツ(CVN-68)を加えカール・ビンソン(CVN-70)、ロナルド・レーガン(CVN-76)には各々、F/A-18を中心とする艦載機56機、ヘリコプター15機の計71機が搭載される。3隻体制ではマルチロール戦闘機200機となるが、それでも北朝鮮の600箇所を超える戦術標的を撃破するには、トマホークを加えても不足である。ステルス爆撃機、グアムからのB-52の参加が不可欠といえる。

 

先制攻撃とは限らない戦争リスク 

 イラク空爆の例でもわかるように、基本的に米国は最後通告なしの奇襲攻撃は行わない。また戦争の前に韓国に滞在する自国民の引き上げなど事前の準備を必ず行う。現時点で、警戒すべきなのは北朝鮮による挑発行動が度を過ぎて攻撃とみなされた場合、米国が躊躇せずに反撃と報復攻撃に出ることであるが、それには多くの犠牲が伴うことを認識している。それゆえ北朝鮮周辺への原子力空母や原子力潜水艦の追加配備と情報漏洩は意識的になされた、軍事圧力と考えられる。

 

現時点ではかつてのトンキン湾事件のようにささいな衝突が全面戦争へつながる危険性はないとはいえない。また米国は「北朝鮮がICBMを持つことは許さない」としていることが、それが最後通牒とみなせるかどうかも頭にいれておく必要がある。