アメリカ独自の対北追加制裁~背景に中国の方針転換

2.06.2017

Photo: en.people.cn

 

 アメリカが北朝鮮への軍事圧力を強める一方で、報復を恐れ先制攻撃が選択肢にないことを見透かした北朝鮮は、弾道ミサイル発射の実験頻度を増大し、大気圏突入の課題もクリアしてICBMの配備が近い。国連安保理では対北制裁が可決される見通しだが、アメリカもロシア系2企業を含む9社を対象に独自制裁を追加した。

 

 国連制裁にも関わらず、北朝鮮が弾道ミサイルの製造と実験を進めてこられたのは精密誘導システムなどの電子部品やロケッ製造に不可欠な化学薬品、部品を国外から持ち込めたからである。弾道ミサイル開発にロシア・中国が深く関わってきたことは明白である。

 

聖域がなくなった制裁対象

 アメリカとしては核弾頭を運搬するICBMの配備をできるだけ遅らせたい。そのための緊急措置であるが、ロシア政府にとっては今回のロシア企業への制裁は予想外のことであり、報復措置も辞さないとして強く反撥している。対象となったモスクワを拠点とするArdis-Bearings Llcは弾道ミサイル部品供給の疑いで、また他の一社であるIndependent Petroleum Companyは、日産40万バレルの原油生産能力があり、北朝鮮に100万ドル相当の石油製品を輸出した疑いが持たれている。

 

 アメリカ財務省はさらに北朝鮮の亜鉛製造販売会社とソフト販売で外貨を上納する政府系IT企業を制裁対象に指定した。後者はドイツ、中国、シリア、インド、中東に支社を持つIT事業で外貨を稼いでいた。このほか欧州の国連系事務所に勤務し諜報活動をしていた情報収集活動家も対象となった。国連決議による追加制裁についてアメリカは安保理および中国と数週間にわたって交渉を行ってきたが、国外の資産を凍結し海外渡航を制限する追加制裁案が採択されることになった。

 

ICBM完成が近い

 北朝鮮の弾道ミサイルは韓国と日本の米軍基地はもとより、すでに下図に示されるグアム(3,400km)とアンカレッジ(5,600km)を射程に収めている。新型エンジンでさらに射程を伸ばしたICBMがワシントン(10,000km)を狙えるのにまだ時間がかかるとしても、先にシアトルなど太平洋岸の主要都市が射程内に入る。なおICBMの射程を持つ液体燃料式ロケットは、すでに開発され人工衛星打ち上げとして発射試験もおこなわれている。

 

Credit: allthingsnuclear.org

 

 北朝鮮にとって弾道ミサイルと核開発には国外からの技術(技術者)と部材の供給が不可欠で、それを支える外貨資産の凍結と貿易制限が生命線である。しかし巧妙な海外事業展開と闇取引にはこれまでの国連制裁は無力であった。ここにきて黙認してきた中国が態度を変えアメリカに歩み寄って追加制裁案に譲歩した理由は何か。

 

方針を転換した中国政府

 中国政府はこれまでも北朝鮮の核開発計画を認めてきたわけではないとしている。しかし北朝鮮の核兵器開発への反対表明は形式的なものであった。しかし1月の核実験と3月の弾道ミサイル実験で、基本方針を変えざるを得なくなった。自国の安全保障と利益相反となったからである。すでに3月のミサイル発射を受けて、核兵器開発を続行すれば追加制裁措置があることは安保理で決議されていたが、中国の合意抜きではあり得なかった。

 

 ICBMの開発では大気圏外に弾頭を打ち上げる技術とともに、大気圏に再突入する技術と精密に弾頭を標的に誘導する技術が必要となる(下図)。液体ロケットエンジンで大気圏外へ弾頭を打ち出す技術は実績があるが、場所を特定されにくい固体燃料ロケットエンジンの開発と、大気圏突入・精密誘導が実戦配備の課題となる。

 

Credit: Wiki

 

 中国政府は新しい対北外交の基本方針は朝鮮半島からの核兵器撤去、軍事介入によるその実現を回避すること、中国の安全保障の3項目に集約されるとしている。国連追加制裁はそのための唯一の合理的な手段となる。2011年までは北朝鮮と友好関係にあった中国だが、国際社会入りを目指す現在、朝鮮半島の非核化が東アジアの安全保障に必須となったことを認識し、重い腰をあげた。しかしロシア・中国国境を越えた闇交易と海外事業と外貨資産の備蓄は継続されており、これらの凍結がなければ国連決議の効果は限定される。

 

ピンポイント独自制裁

 そのためアメリカ政府は独自の調査から特定の海外事業と資金源へのピンポイント制裁を行わざるを得なかった。ひとつひとつの効果は限られていてもこうした措置が積み重なれば、やがて核兵器とその運搬技術の開発と(より多くの資金を必要とする)実戦配備は確実に困難になる。北朝鮮問題は長期戦に入ったが、挑発行為がエスカレートして戦争に発展する事態を避けなければ長期戦に持ち込んだ意味がなくなる。