ステイーブンキングの描いた世界の終わり

Feb. 22, 2015

 

 ステイーブンキング(Stephen King)はホラー映画の作家で映画化された「キャリー」や「シャイニング」はあまりにも有名だが、多感な少年達が冒険を通して大人の世界をみることになった「スタンドバイミー」は日本でも特に人気が高い。秘密基地で仲間達と冒険を夢見た幼少期のノスタルジアと重なるところがあるからなのだろう。


SFホラー作家として

 ステイーブンキングのSFはホラー作家としてのイメージにそぐわないところはあるのだが、旅客機の乗客がタイムスリップする「ランゴリアーズ」、宇宙生命体の「ドリームキャッチャー」、やこれから紹介する「スタンズ」などSFホラーでも活躍している。


 幼い頃貧困生活を送ったキングは「ランゴリアーズ」(注)で貪欲な銀行家で悪魔的な本性を描いたように、富裕層に対していい感情を持っていなかったようだが、1994年のスタンド(The Stand)では感染症で迎える世界の終末と生き残って新秩序をつくろうとする人々と悪魔との戦いを描いた。感染症でなくとも国家が弱体化し経済破綻によって暴動が起き、軍事統治となるリスクが高まる現実を予見している。


(注)「ランゴリアーズ」((The Langoliers)は1990年、「スタンド」(The Stand)は1994年のTV映画で、どちらも長編である。



The Stand

 「スタンド」は陸軍の感染症研究所から致死性、感染力の高い病原菌が周囲に流出し、やがて全国に蔓延して99%の人間が死ぬ、という第一幕から始る。その過程でコンテイジョン(閉じ込め)のために軍隊が動員され、軍事統制(マーシャルロー)が施行される描写は、「アウトブレイク」や「コンテイジョン」と共通するものがある。


 アメリカでひとたびパニックが起こると軍事統制を余儀なくされる理由は、暴動が略奪に変わり、襲撃側も防衛側も銃を持つためである。「スタンド」では患者の周辺の住民が隔離され都市部では暴動が多発し、全米が感染症で氏の街となる様子がリアルに描かれている。キングの描く死体の山は恐ろしいまでにリアルでぞっとするものがあある。


 「スタンド」は冒頭のT.S. Eliotの詩の一節から始る。

This is the way the world ends.

This is the way the world ends.

This is the way the world ends.

Not with a bang but a whimper.


 ここでいうbangとは核戦争を意味するもので、whimperとは「すすり泣き」と訳されるが、要は爆弾のような「ハードキル」ではなく感染症に代表される「ソフトキル」だといっているのである。 



生き残った1%

 99%の人口が絶滅し1%が生き残るシナリオは陰謀論の警告する「新世界秩序」(New World Order)の人減らしを想起させるが1%の人たちは免疫を持ち生き延びて新しい秩序に向けて動き出す。ここまでは世界の終焉を描いたSF映画と共通するが、キングの描く世界は少し異なる。


 全米各地(いずれもキングが過ごしたことがあるゆかりの地である)で生き残った人たちには共通点がある。皆、共通の夢でHemmingford(ネブラスカ州)という街に済むアビゲイルという黒人女性のところに行きなさい、というお告げのようなものである。皆忠実にこの夢に従い広大な大陸を旅してアビゲールの家(コーン畑の中にぽつんとたつ一軒家)にたどり着くと、アビゲールはやってくる見知らぬ人たちの名前を知っていて歓迎する。


 全員が宗教的なわけではない。このとき訪れた男は叫ぶ。


I do not believe in God.


アビゲールは穏やかに返す。

All right, as the God believes in you.


 ネタばれになるのでこの先はかけないが、彼らはアビゲールの教えを守り新しい秩序(共同体)を建設しようとするが、精神力の弱い人間に乗り移り邪魔をしようとする。ここでいう新秩序は富裕層のみの世界秩序ではなく映画ではコロラド州Boulderの"Free Zone"(共同体)として描かれている。


 キングが描きたかったことは人間の弱さにつけこんで悪魔の手下とされた人が悪事をはたらく、ということのようだ。悪魔の存在はともかく人間性を失った残虐なテロ事件はまさに魂を売って獣以下に成り下がった結果だが、キングはその本質が心の弱さにあるとしていて、悪魔の存在は別にしてもその事自身はあたっているように思える。


 この映画は長編であるが是非みて欲しい。全編がYouTubeにアップされている。