サウジアラビアがニムル師を処刑した本当の理由

08.01.2016

Source: AFP

 

 昨年、ドイツの連邦情報局BNDBundesnachrichtendienst)(注1)は、中東での不安化はサウジアラビアによって引き起こされるリスクがあると警告した。欧米の同盟国であるサウジアラビア、長年友好な政治的・経済的な関係を築いたドイツの情報機関が、このような声明を出すのは極めて異例とも思われた。しかし、この警告通り、2日のイスラム教シーア派聖職者ニムル師の死刑や隣国イエメンの空爆で、中東では宗派間の対立が激化、イランを巻き込む中東での戦争の可能性さえでてきた。

 

 

 BNDの指摘する中東リスク

 ドイツのBNDは、王族内部の争いによるサウード家の継続の不安やアラブ界の大国としての政治力と軍事力の拡大を目指していることが、中東の不安化に繋がるリスク要因であると指摘した。宗教的、イデオロギー上で対立するイランは中東での影響力を高めていることが脅威となっている。そのため、シーア派の影響力が強いイラク、レバノン、シリアでの政治混乱を招こうとして、ISISを含むイスラム過激派組織への資金と武器を供給してきたと疑われている。

 

(注1)1955年に創設されたドイツ連邦政府に所属する情報機関で職員数7,000人のうち2,000人が国外で諜報活動に従事している。政治情報と経済情報の収集、分析、評価を行う。

 

 

ニムル師を処刑した理由

 国際的な人権 NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチによると、サウジアラビアでは、イスラムの批判、サウジ国王や現政権の批判、人権運動などの言論や活動は国家犯罪であり、疑われた者は逮捕、拷問の後、入獄、死刑の有罪判決が下される。政治的発言に関しては近年特に厳しく対応している。サウジアラビアの全人口の20%弱を占めるシーア派、人権差別を受けている女性や外国人労働者の発言や活動は特に厳しく監視されている。2014年には、新しく「対テロ」に関する法律が執行され、非暴力的な政治活動や人権活動に関わる者は、反政権・反権威とみなされ、「テロリスト」と断定される。

 

 ニムル師は2012年に逮捕される前は、サウジ以外ではあまり知られていない宗教指導者であった。故郷はサウジアラビアの東部州の州都であるダンマームの近くのAl Awamiyahである。ダンマームはペルシャ湾で最も大きい港の一つであり、サウジアラビアの輸出入の重要な拠点でもある。サウジアラビア東部はシーア派で占める地域であることに加え、世界最大の埋蔵量があるとされるガワル油田やその他の多くの油田が密集している地域でもある。皮肉なことに、サウジアラビアの全人口の80%近くはスンニー派であるが、ほとんどは砂漠地帯にいる。つまり、サウジアラビア経済の核である、油田とロジスティクス上で重要なペルシャ湾に面している港がシーア派密集地域にあるということになる。

  

 

 

 ここ数年、イランの中東での影響力の拡大と共に、サウジアラビア東部におけるシーア派の反国王、反政権、人権侵害を訴える政治・人権活動が増加していた。その中の一人がニムル師であった。ニムル師はイスラム過激派組織との関係はなく、テロ活動にも関わりがないとされている。

 

 平和的にサウード家の批判と国民による総選挙の実施を求めて活動を続けていたが、シーア派間の支持が拡大していくことが、政権にとって脅威であったにちがいない。しかしニムル師を処刑することで、ニムル師はシーア派の殉教者となり、サウジアラビアのサウード家の崩壊のブラック・スワンとなる。