ヘリウムショックのリスクは続く

May 20, 2015


極低温実験でヘリウムクライオスタットを準備する研究者。


Photo: Oxford Instruments


こういう風景も見られなくなるかも知れない。ヘリウムショックのリスクが近づいているからだ。
















 2012年に世界を「ヘリウムショック」が襲った。ヘリウムはご存知、2番めに軽い元素で、現代社会に欠かせない元素だが、2012年に価格が高騰して関係するテクノロジーの終焉を思わせる危機だった。


 そもそもヘリウムとはなんだろう。Heは原子番号2、常温常圧では無味無臭のガスとして存在する。大気中に0.0005%存在する。水素と異なり電子状態が安定で1個の原子として存在するが、一般の人々が接する機会といえばヘリウム風船くらいで、基礎物理以外はお世話になっている実感はないかもしれない。


 しかしヘリウムを液化して得られる4.2Kの超低温は実用的な超伝導材料の超伝導転移温度より低いため、強力な磁場をつくる磁石に必要不可欠な原子なのである。具体的にいえばMRIやその原理でもある核磁気共鳴(NMR)。後者は化学分析に欠かせないし、MRIにいたっては動かなくなれば病院はパニックになるくらい現代医学には欠かせない存在だ。



 2012年のヘリウムショックで価格が高騰。需要供給のバランスが崩れた。へリウム産業に暗雲が立ち込めている。

 

 Image: 日本経済新聞

 

 2012年のヘリウムショックはどうして起こったかを調べていくと、「レアアース」問題より深刻な独占供給体系がみえてくる。「レアアース問題」は日本がレアーアースへの依存度を低めたことやリサイクル技術を開発したこと、欧州、米国と歩調を合わせてWTO提訴で勝利したことで、中国の輸出禁止措置が撤回された。


 このときには尖閣問題が背景にあったといわれるが、日本にレアアースを供給できなくすると世界で生産している日本の部材が、世界市場に供給できなることで世界中の反感を買った。中国のレアアースの埋蔵量は世界の1/3だが世界全体の産出量(12.4万トン)の97%を中国が独占していた。現在では中国以外の産出国も中国の輸出統制で逆に増えたため、価格が下がり中国本土のレアアース業者が深刻な不振に陥った。

 

 ヘリウムショックについて調べると、同じような危険性をはらんでいることが明らかになった。長い間供給量の90%がアメリカであった。アメリカがヘリウム供給大国となったのは、戦争と関係する。歴史的には1903年カンサス州で石油掘削のボーリングが行われて発見されたヘリウムガス。天然ガス掘削時に中西部で大量にヘリウムが産出したため、軍事的な利用(気球など)に使えるため生産が拡大し、アメリカはヘリウム供給を独占する。その後、テキサス州のアマリロにアメリカ政府が国家備蓄基地を設置、軍事物資として備蓄に励んだ。

 

 戦後の米ソ宇宙開発においてヘリウム消費が一気に増えたが供給量も増大しアマリロの備蓄基地に大量に備蓄されることとなった。大量に備蓄が進んだアマリロのヘリウムは議会が市場に供給するよう法令化したため、世界市場にヘリウムが供給されたが、当初は2015年に売り切る予定であったので、安定供給は時限付きの2015年までとなった。

 


 

 世界的な需要が増えたのはNMRやMRIが普及したことで当然だが、原子炉、研究用冷凍機、潜水用の酸素ガス混合用、民生品の気球や変声ガスなどニーズが増える傾向で2015年後の供給が不透明なこともあって、価格が急騰した。最近ではハードドライブを密閉にしてヘリウムを充填して酸化やゴミから高速回転する磁気デイスクを保護するメーカーもでてきた。不活性ということで注目したのだろう。

 

 アメリカ議会では2015年の期限を2020年に延長する法案が通ったこともあって落ち着きをみせたが、その先の供給は依然として不透明である。一方、欧州やカタールで天然ガス掘削で得られるヘリウムを増産する動きも出てきたが、アメリカの供給量を肩代わりできるわけではない。

 

 

 ヘリウムに頼らないわけにはいかないので、冷凍機と組み合わせて使い終わったガスを集めて精製し圧縮して液化する方向に少しづつだがシフトしている。もう一つの手は高音超伝導体で置き換え、液体窒素温度で動く超伝導磁石を実用化することだ。まだ時間がかかるがヘリウムの時代が終焉を迎えようとしている。

 

 阿部首相が無償で超伝導リニア技術をアメリカに供与するのも、運転に必要なヘリウムの安定供給と引き換えといわれる。リニア新幹線の弱みは安定ヘリウム供給だが、JR東海はその先をみている。高温超伝導材料でヘリウムとお別れするのだ。ヘリウムの時代はアメリカの独占の時代。どちらにも終焉が近いようだ。