空港フルボデイスキャンの訴訟問題

05.10.2016

Credit: Matthew Cavanaugh / European Pressphoto Agency

 

個人情報侵害や検査時におけるハラスメントで悪名高い米国のTSA(運輸保安局)のフルボデイスキャン検査が健康被害(被曝による癌発生リスクの増大)でも訴訟問題に発展している。

 

(注1)米国の空港で稼働中の189台の旧型フルボデイスキャナーX線を照射して後方散乱X線を検出する2Dイメージング装置である。後方散乱(コンプトン散乱)は金属など重金属の散乱能が高いため銃器の検出感度が高いが、被爆のためにEUでは禁止されている。個人情報侵害や検査時におけるハラスメントによる苦情や批判が多いが電離放射線(X線)照射を用いる旧型では放射線被爆の影響が問題になっている。一方、先進的イメージング技術の一つであるミリメートル波透過イメージング装置152台稼働している。後方散乱フルボデイスキャナー

 

X線を用いる旧型の被爆量は胸部X線撮影よりはるかに低い(0.06マイクロSv/h)とされるが、訴訟では被爆が原因の癌発生により(統計的には)100名が死亡するとしている。ミリメートル波は電離放射線ではないので安全とされる。この場合携帯電話の出力の1万分の1程度の出力なので人体に影響はないとされるが、電磁過敏症な存在が明らかになっており、健康被害が全くないとは言えない。ミリメートル波よりさらに長波長のテラヘルツ帯を利用したスキャナーも開発されている。

 

 

Photo: boingboing

 

上の写真で右側がX線照射型、左側が新型の被爆が少ないミリメートル波照射型。

 

 

被曝の少ない新型フルボデイスキャナー

TSAが設置する標準的なX線フルボデイスキャナー(Rapiscanは被曝量の多い透過型(レントゲン撮影、CT)ではなくX線の散乱強度を計測し、CT同様のソフトで人体の2D画像を得るもの。自然放射線による被曝量は2.4mSv/年である。胸部X線とCTの場合の被曝量はそれぞれ0.04mSv7.8mSvである。

 

X線フルボデイスキャナーは非破壊検査装置メーカーRapiscan systems社のSecure 1000と呼ばれる人体スクリーニング装置。X線照射の被曝量は胸部レントゲンより低いとされるが全身への照射で信号積算計測のため、被曝量の比較にはならない。Secure 1000の全身イメージは解像度が高く、反転してカラー化すればヌード画像と区別がつかないため、これまで度々個人情報の侵害として批判されてきた。

 

ミリメートル波照射型はL3セキュリテイ計測システム社のL3 ProVisionという製品(下図)。この場合には顔部分を隠し人体をデフォルメして表示するのだが、これでも個人の肖像権の侵害と考える人たちが多い。また問題はどちらの装置でもSTA職員が検査の際にボデイタッチするので性的ハラスメントになる。 

 

 

Image: dailykos

 

Cmpetitive Enterprise Institute とラザフォード研究所によるTSAに対する訴訟は被曝による癌発生リスクを問題にしている。2007年から始められた旧型スキャナーへの訴訟が遅れた理由は根拠となる法的基準が確立するまでの時間がかかったことによる。自然放射能量を超えた場合に被曝量に比例した癌発生リスクがあるLNT説に立つ議論は統計的なものであるが、放射線被曝の基準の考え方の前提である。ラザフォード研究所は核物理の著名な研究所であり放射線被曝に関する専門家がくわっていることは注目に値する。

 

 

実はスルーできるフルボデイ検査

TSAの検査は意外にもスルーすることができる。TSAのフルボデイスキャナーでのセキュリテイチェックは無作為とされているが、米国国土安全保障省(DHM、通称Homeland)のTrusted Travelerプログラムに登録すればTSA プリチェックレーンを使ってすり抜けることが許されるのである。TSAプリチェックレーンを使うには登録で与えられるID番号が必要だが、軍人は自分のID番号を支える他、エアラインのフリクエントフライヤーTSAプリチェックレーンでフルボデイースキャナーを逃れることができる。プリチェックレーン申請はTSAのウエブからできるほか、米国税関のグローバルエントリー登録でも行える。

 

 

 

エアラインを頻繁に利用すればTSAフルボデイースキャナーを逃れることができる。つまりお金で検査を逃れることができるのである。サンデル教授が指摘するように、お金を出せば空いたレーンを走行できる米国の高速道路と同じ不公平さである。またテロ対策のために多国籍企業が販売する各種フルボデイスキャナーが売れまくっているのは皮肉であるが、日本も各地の空港に導入する予定だが国内企業でなくTSAが導入した多国籍企業の製品が使われる。